第5章 舞い降りたエンジェル(その29)
「私だったら・・・ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
女性は考え込むようにして、哲司はその横顔をじっと見ているだけになる。
互いに沈黙する数分間が過ぎていく。
「ふぅ〜!・・・・・。」
言葉にならない溜息のようなものが女性の口をついて出る。
「やはり、そう簡単なことじゃないですよね。」
哲司は自分で訊いておきながら、それを撤回したくなる。
これ以上、女性に悩んでもらいたくないと思うようになる。
「私だったら・・・・、私がその女子高生だったら、同じように思うかもしれません。」
女性は抱いている赤ん坊を少し動かすようにして、そう言った。
その視線は、赤ん坊の顔に注がれている。
「そ、そうなのですか?」
哲司は、余りにも予想外の言葉に驚きを隠せない。
「確実にとは言えませんが・・・・、多分、その子と同じ気持になっているかもしれません。
それはどうしてか? と訊かれても答えようがないんですが、そんな気がします。」
女性は、そう言いつつ、その存在を確かめるように、抱いている赤ん坊を支える腕に力を込めている。
「では、その子が言っていることは、まるっきり常軌を逸したものではないと?」
「はい、少なくとも、当人にとっては、そうしたくなる要素は十分にあるものだと思います。」
「男の僕にはよく分からないのですが、誰の子か分らなくても、お腹の子はいとおしくなるものですか?」
「どうなのでしょう。個人差がありますから、一概にそうだとは言えないのでしょうが、少なくとも、女性の立場からすれば、誰が父親だとしても、自分の子供であることは動かしがたい事実なのですし・・・・。」
「な、なるほど・・・・。」
「ですから、最近は、シングルマザー、つまり未婚のままで子供を育てる女性も増えてきましたし・・・。
私も、同じ、子供を持つ母親の立場として考えれば、その相手が誰であろうが、受胎した女性の意思が尊重されて当然のような気もします。
ですから、その子の気持もある程度は分るような気がするんです。」
「な、なるほどねぇ。・・・・・聞かせてもらって良かったです。本当に。」
哲司は本心からそう思って頭を下げた。
「でも、そうした女性の立場が守られる社会では、必ずしもありませんからね。
先ほど言ったシングルマザーでも、多くの女性は、生活そのものに苦しんでいるのが実態のようです。
ですから、その子の気持は分るけれど・・・・、果たして、それがその子と生まれてくる子供にとって、より良い判断であるかは別の問題なのだろうと思います。」
(つづく)