第5章 舞い降りたエンジェル(その24)
「たまたま、ご機嫌がよかっただけでは?」
哲司もそうとしか言いようがない。
「確かに、それもあるかもしれません。
でも、機嫌がいいのは、何も今日が特別でもないですし。
今日と同じように機嫌がいいなぁと思った日でも、パパに抱かれると、にこりともしないんです。
だから、この子は男の人が駄目なんだと思うようになったんです。
いえ、私が、そう思いたかったのかもしれませんが・・・。」
「そうだったんですか・・・・。」
哲司は何か悪いことでもしたような気分になった。
「でも、こうして巽さんに抱いてもらっているのを見てると、私の思い込みだったってことが良く分ります。
巽さんは、こんな赤ん坊を抱かれるのは初めてだと仰るんですし、ましてや今日初めてお会いしたばかりですし・・・。
ですから、やはり、根っからの男性嫌悪症でもないんですよね。この子も。」
「・・・・・・・・。」
哲司には言葉がない。
何を言ったとしても、その場限りの浮ついたものになるだけだと思う。
「ですからね、この子はパパが自分に対してあんまり良くは思ってくれていないってこと、その持って生まれた直感で感じるのかもしれませんね。
そして、逆に、まったく何の関心も持たれていなかった巽さんには、あっという間に自分から抱かれに行ったように、何の抵抗も違和感もなかったんだと思います。」
「そうでしょうかねぇ・・・。」
「お願いしておきながら言うべき言葉ではないんですが、母親として悔しいです。」
「悔しい?」
「そうですよ。悔しいじゃないですか。
実のパパよりも、初めて会った巽さんに安心感を抱いたんですから・・・。」
哲司は、なるほど、としか思い浮かばない。
「じゃあ、やはり一度、ご主人が疑われていることについては話し合われることが大切なのでしょうね。
僕なんかが口を出すべきことではないのでしょうが・・・。」
哲司はこう言うことで、この話を終らせたかった。
「はい、そのこともあって、これから実家へ戻るところなんです。」
哲司より5歳年上の若き母親は、そう言って視線を車窓に向けた。
辛そうな顔を見られまいとしての行動なのだろうと哲司は思った。
その時である。
今まで気持良さそうに寝ていた赤ん坊が、急にその身体をもぞもぞと動かせた。
哲司が「ん?・・・ど、どうしたんだ?」と内心慌てる。
その気配を感じのだろう。
女性が振り向いてきて、哲司が抱いている両腕の間から赤ん坊の太ももの部分に手を差し込んだ。
「ああ、オシメが濡れたようです。」
女性の顔が母親の顔になっていた。
(つづく)