第5章 舞い降りたエンジェル(その23)
「それは、母親である私にも分りません。でも、・・・・。
「でも?」
「この子はこの子なりの感性で、その人を感じているんじゃないかと思います。」
「それって、どういうことです?」
哲司が問い返す。
「よくは分かりません。多分、この子本人も、説明が出来ないのだと思います。
仮に今、言葉が話せたとしても。」
「つ、つまり、好き嫌いに理由などないのと同じですか?」
「きっと、そうだと思います。きちんとした理由なんてないのでしょうね。
大人の世界でもあるじゃないですか?
この人は何となく苦手だなぁと思うこともあれば、性格も異なるのに不思議と馬が合うってこと。」
「う〜ん、それは分りますが・・・。」
「この子には、後々のことを計算する能力はないんです。
ひたすら今日、そして今、その瞬間瞬間をひたすら自分の本能から出てくる直感だけで行動を決めているんです。」
「でも、パパやママのことはちゃんと分かっているんでしょう?」
「どうなのでしょう?
自分の身近にいつもいる人という感覚はあるのでしょうが、俗に言う親子関係を意識したりはしていないと思いますよ。」
「も、もちろんそうなのでしょうが・・・。」
「この子だけが特別じゃないのだとは思うのですが、子供っていうのは、ほんの一瞬でみぎひだりを判断する能力を持っているんですね。
いわゆる直感力です。今日は、改めてそのことがはっきりと分りました。」
「僕に笑い掛けてくれたことですか?」
「初めて会った人なんですから、今までのこの子なら、決して笑ったりはしていません。」
「な、なるほど・・・・。」
「おまけに、抱いてもらうとき、まったく嫌な顔をしませんでした。
私からお渡ししたときにも、素直に、本当に素直に抱かれに行ってましたし。
何度も言うようですが、こんなことは生まれて初めてなんですよ。
しかも、今もこうして抱かれて眠っている。」
「僕にとっても、いい経験をさせていただきました。」
「そこなんです。」
「何のことです?」
「巽さんは、この子を意識して笑いかけられたのじゃないでしょう?
つまり、あやしてやろうとは思われていなかったんでしょう?」
「そ、そうですね。
「それなのに、この子は笑ったんです。そして抱いても貰ったんです。
大人であれば、絶対にありえないことをしたんです。」
「どうしてなのでしょう?」
「それは、巽さんが、この子に対して何らかの意識を持たれていなかった。
先ほどの言い方を繰り返せば、構えておられないからだろうと。
こうして巽さんの腕の中で寝ている顔をみて、そう思うようになったんです。」
(つづく)