第5章 舞い降りたエンジェル(その22)
「う〜ん・・・・。」
哲司は言葉に詰まった。
この奥さんの気持を考えれば、「そんなことはありませんよ」と言ってやりたい。
だが、その前に、哲司の場合を例に取られてしまっている。
男は、避妊に失敗をしたという実感がない限り、突然に「あなたの子が・・・」と言われても信じないものだと断言したようなものだった。
今更、「僕だけが特別です」とも言えない。
「それでも、今は、その誤解も解けたのでしょう?
子供さんを可愛がられていると言われてましたから・・・。」
哲司は「そうであってほしい」との気持でそう言った。
「どうなのでしょう?
単なるポーズだけのようにも思えますし。」
「そ、そんなことはないと思いますよ。」
そうは言っても、哲司に何らかの確信がある筈もない。
「そのことを今どう思っているのかは言いませんから分りませんが・・・。」
「・・・・・・・・?」
「先ほども言いましたが、この子が主人に懐かないんです。」
「それは、男性が苦手なだけではないのですか?
そう仰っていませんでした?」
「はい、そう言いました。
そう思うことで、私自身をどこかで誤魔化そうとしていたような気もします。」
「ど、どうしてです?」
「他人の子だと疑われていると思うだけで、本当に辛くなるんです。」
「そのお気持は分るような気もしますが・・・・・。」
「ですから、私、先ほど駅のホームで、この子が巽さんに笑顔を見せたことに、本当に驚いたんです。ま、まさかって思いました。」
「そ、それでなんですか? 抱いてみないかと言われたのは。」
「はい、それもありましたし・・・。」
「ん?・・・・他の理由も?」
「これも先ほど言ったことですが・・・・。
これぐらいの子供って、本能的に動くものなんですよね。」
「はい。」
「つまり、大人が考えるような損得勘定なんてないんです。
この人は、あまり好きじゃないけれど、親だから一応は笑っておこうなんてことはないんです。」
「まぁ、それはそうでしょうねぇ。」
「でしょう? なのに、巽さんにはあれだけの笑顔を見せたんです。
初めてお会いしたのにですよ。」
「それは、僕も驚きました。」
「しかも、お願いしたら、抱いていただけました。」
「はい。多少怖かったですが・・・。」
「私も、さすがに泣くかも知れないなって思ってたんですよ。」
「でも、泣かれなかった。」
「そうなんですよね。初めて会った男の人に抱かれて泣かなかったことって、今までに一度もなかったんです。」
「ほう・・・・・。でも、どうしてなんでしょうね?」
哲司の耳元で、小さな寝息が続いている。
(つづく)