第5章 舞い降りたエンジェル(その21)
「ま、まさか!・・・・そんなこと・・・・。」
ようやくの思いで、それだけを口にする。
その哲司の声に、抱いていた赤ん坊がビクッ!と動く。
まるで自分のことを言われているのが分るかのようにだ。
「ご主人がはっきりとそのように仰ったんですか?」
哲司は信じられない。周囲を意識して小声でそう訊く。
そりゃあ、男には妊娠に至ったときでも、そうした実感はない。
極論すれば、疑えば疑えるものだし、信じれば信じられるものだ。
つまり、「あなたの子を身篭りました」と言ってくる女をどれだけ信じられるかが、男の唯一の判断基準となる。
「そりゃあ、そうはっきりとは申しません。
ですが、お腹が目立ち始めるようになってからは、私を遠ざけるようになって・・・。」
「そ、それは、奥さんに家事等で負担を掛けたくないからではないのでしょうか?
初めての妊娠の時って、女性よりも男性のほうがより神経質になるって言いますから。」
「そうだったらいいのですが・・・。」
「ですから、それは奥さんの思い過ごしでは・・・と思うのですが。」
女性は、少し辛そうに下を向く。
「巽さん、いまお付合いをされている女性がおられるっておっしゃいましたよね。」
「はい・・・・。」
「もし、もしですよ。その女性が、実は出来ちゃいましたって言われたら、素直に、ああ僕の子だなってお考えになります?」
「う〜ん・・・・、どうなのでしょうねぇ。」
「も、もちろん、そういう親密な間柄になっていてのことですよ。」
「それは当然として、それでも、僕だったら、それはないだろうっって思うかもしれませんね。」
「ど、どうしてですか?」
「最初から、そうならないように考えているからですね。」
「つ、つまり避妊ですか?」
さすがに、女性もヒソヒソ話のレベルまで声を落としてくる。
哲司が黙って大きく頷く。
「やはり、そうなのですねぇ。」
「で、でも、奥さんの所の場合と、僕の場合とでは、その立場や条件はまったく違いますから、比べる事は意味がないですよ。」
「それでも、そうして避妊をしていたという思いがあると、いくら女性側からあなたの子だと言われても信じられないのでしょう?」
「う〜ん、それはそうですね。そんな筈はないって思うものですし。」
「主人は、ほんの数回、その防御策を取らなかった。
それも、私が安全日だからと言った時だけです。
ですから、頭では、できる筈はない、と思っていたようです。」
(つづく)