第5章 舞い降りたエンジェル(その20)
その子は哲司の肩から胸に掛けて凭れる様にしていた。
だから、「びくっ!」とした波動がそのまま哲司に伝わったのだ。
その一瞬、哲司は「泣くんじゃないか?」と心配になった。
呼吸を止める。
そして赤ん坊の背中にそっと手を当てた。
赤ん坊の呼吸がやや速くなったような気がしたが、それでも目を覚ましたり、泣き出したりはしなかった。
哲司はほっとする。次第にその呼吸も静かなものへと戻っていく。
「でも、こんな可愛いお子さんだったんですから、生まれたときは喜ばれたでしょう?」
哲司は、そうに違いないと思っていた。
生まれる前には、いくら子供は要らない、作らない、と言っていた男でも、実際に生まれてしまうと、それなりに可愛く思うものだろう。
「それがねぇ・・・・。」
「そ、そうではなかったのですか?」
「実は、予定日の3カ月前になったとき、早いほうが良いだろうから、明日にでも実家へ戻れよ、って言うんです。」
「まぁ、それは奥さんのことを思ってのことじゃないんですか?
実家で出産される方が多いと聞きますし。」
哲司は、常識的な話をする。
「ええ、それはそうなのかもしれませんが、3カ月前は少し早いと思うんです。」
「それだけ大切に思われたんじゃないんですか?」
「そうではなくて、私が、生まれてくる子は男の子がいい? それとも女の子? などと訊くからでしょうね。」
「でも、それって、ごく普通の会話ですよねぇ。
そうした話もしたくないって?」
「きっと、そういうつもりだったんだと思います。
名前もどうしましょう?って言ったら、お前に任せるから、適当に、なんて言うんですもの。」
「ええっ!・・・適当にって?」
「はい。それを聞いて、私、悲しくなっちゃいました。」
「う〜ん、そのお気持は分るような気がします。
ペットに名前付けるのとは訳が違うのですしねぇ。」
「私が嘘を付いてまで子供を欲しがったことを、どうも我侭だと思っているようでした。」
「そ、それにしても、これからひとつの命が生まれようとしているのに・・・。
その言い方はないと思いますけれど。
いくら自分の意思に沿わないことであっても、ご主人の子供さんであることには間違いがないのですし。」
「そ、そこなんです。」
「えっ?・・・・どういう意味です?」
「主人は、どうも自分の子ではないのじゃないかと疑っていたんです。」
哲司は、言葉が出なくなった。
(つづく)