第5章 舞い降りたエンジェル(その17)
「構える、ですか・・・。」
哲司は言われている意味が半分は分って、残りの半分が分らない。
つまり、分ったような、わからないような、である。
「でも、僕は、僕なりに構えてるんじゃないかとは思いますけれど。
とても緊張してますし。」
言い訳と言うべきか、真実を述べただけと言うべきか、哲司は自分の状況をそのように補足する。
「うふふ・・・・。確かに、多少緊張されているようですが・・・。
でも、それと、構えると言うのとでは、大きな違いがあるんだと思いますよ。」
「そ、そうでしょうか?」
「さっきも言いましたけれど、これぐらいの子供って、きちんとした思考なんて持ってないんです。
強いて言えば、人間としての本能に従って動いているだけなんです。
もちろん、話すことも出来ませんし、自分の欲求は、全て泣くことでしか伝えられないんです。」
「な、なるほど。」
若い女性だと言っても、そこはやはり母親である。
この子が生まれてからの5ヶ月という短い時間であっても、その母親という立場での経験を踏まえた話し振りには、なるほどとしか言えない説得力がある。
「ですからね、赤ん坊っていうのは、持って生まれた自己防衛本能で、近づいてくる人や動物などを判断するんです。
理屈じゃないんです。
本能から来る直感が、それを決めているんです。」
「な、なるほど。何となく分るような気もします。」
「でしょう?
その本能から来る直感で、この人は大丈夫って感じたのでしょうね。
だから、安心して抱かれて、そして、安心して、その胸で眠っているんです。」
女性は、そう言いながらも、再度赤ん坊の寝顔を確認するように覗き込む。
「実は、うちのパパ、本当は子供が好きじゃないんですよ。
今時、跡継ぎなんて言う時代じゃないし、サラリーマンだと、跡を継いでもらうようなこともないからって。
子供の教育費だって馬鹿にはならない。
そりより、そのお金で、夫婦2人で、楽しい人生が送れたらそれでいいって。」
女性は、少し寂しそうな顔を見せる。
「う〜ん、そういう考え方もありますよね。
奥さんはどう考えておられたんです?」
哲司はそう反応する。
「私は子供が欲しかったんです。
女として生まれた以上は、母親になりたいものですよね。」
「それで、ご主人を説得されたんですか?」
「いいえ、幾ら言っても訊く耳を持っちゃいませんでしたから。」
「じゃあ、どうして?」
哲司のこの問いに、女性は口を真一文字に結んで、しばらくは答えなかった。
(つづく)