第5章 舞い降りたエンジェル(その15)
急行電車の扉が開いて、降りる客が出てくる。
この扉からは7人が降りた。
そして、今度は乗る側だ。
乗車表示の先頭に並んでいたのだから、真っ先に車内へと入る。
入って右手に並んだ席が空いていた。
哲司は、迷わずそのひとつに腰を下ろした。
窓側を空けておく。
やがて女性が鞄を提げてやってくる。
「おかげさまで座れます。有難うございます。」
彼女はそう言ってから、哲司が空けていた席に腰を下ろした。
「じっと抱いたままだと、結構重たいでしょう?」
「いえ、僕は大丈夫ですよ。」
「でも、ほら、額にうっすらと汗が・・・。」
女性が自らのハンカチで哲司の汗を拭いてくれる。
「赤ん坊って、随分と温かいものなんですねぇ。」
「そうですね。特に、眠るときは体温が上がるようです。」
「巽さん、恋人は?」
女性が突然のように訊く。
「・・・・・う〜ん、いるようないないような・・・。」
哲司の頭には、一瞬だが、奈菜の顔が浮かんだ。
「片思い?」
「そういうのではないんですが・・・。」
「じゃあ、現在進行形?」
「進行形?」
「友達から恋人への過渡期ってこと。」
「う〜ん、どうなんだろう?」
「でも、いいですよね。私も、そんな青春時代に戻りたいわ。」
「青春時代ねぇ・・・?」
「何でもこれからできるじゃないですか?
勉強にしても、仕事にしても、そして恋にしても・・・。」
「う〜ん、それが青春時代だとすれば、僕はもうそれを通り過ぎたのかもしれません。」
哲司は、多少自嘲気味に笑った。
「そ、そんなお年ではないでしょう?」
「22です。今年、23になりますが・・・。」
「で、でしょう? 十分お若い。まさに青春時代の真っ只中ですよ。」
「稲垣さんもまだお若いでしょう?」
「そうですねぇ、年齢だけを言えば・・・。」
「お幾つなんです?・・・・・・あっ!女性に訊くことではありませんでしたね。」
哲司は、前言を取り消した。
「うふっ・・・。幾つに見えます?」
彼女はどうしてか、楽しそうに言う。
(つづく)