第5章 舞い降りたエンジェル(その14)
「と、とてもお上手ですよ。この子、怖がっちゃいませんから。」
その女性が褒めてくれる。
だが、それでも、哲司は気が気ではない。
今は大人しく抱かれてくれてはいるが、こうした赤ん坊は予測しない動きを突然にするものだと思っている。
「どうですか?初めて抱かれたお気持は。」
「う〜ん、難しいものですねぇ。
本当に、こんな抱き方で良いのですか?」
「はい、抱き方に良いも悪いもないと思いますよ。
要は、その子が機嫌良く抱かれているのであれば、その抱き方で正解なんだろうと思います。」
その女性の言葉を証明するかのように、赤ん坊が哲司の肩にもたれてうっとりとした顔をする。
「この子、もうすぐ寝ちゃいますね。」
「えっ?・・・ど、どうすればいいので?」
「そのまま抱いていてください。2〜3分で寝ますから。」
その時、哲司の耳元で、小さな欠伸の声がした。
「ほんと、不思議ですねぇ。」
「何がです?」
「男の人に抱かれて寝るなんてこと、一度もなかったんですよ。
余程、居心地が良いのでしょうねぇ。」
「でも、正直、疲れるものですねぇ。肩が凝りそうです。」
「うふっ!・・・・ですから、そんなに力を入れなくても、と申し上げましたのに。」
女性が、哲司の後ろ側に回りこんで、その子の顔を確認する。
「はい、もう、完全に寝ちゃいました。」
そう言って、意外なほど笑う。
「もう5分ほどで電車が着ます。
申し訳ないのですが、そのままその子を抱いて、電車に乗り込んでいただけます?」
「ええ、僕は構いませんが・・・。」
「荷物は私が持って乗りますから。」
「横向けにしたほうが・・・?」
「いえ、そのまま立て抱きで結構です。
寝にくければぐすりますから。」
「そうなんですか?」
哲司は、そう言いながらも、どうしてこんな事になったのかと、不思議に思う。
抱いている子から匂うのだろう。
甘い、ミルクのような香りが哲司の鼻腔をくすぐってくる。
ホームに、急行列車が入ってきた。
(つづく)