第5章 舞い降りたエンジェル(その12)
「じゃあ、先ほどと同じように、ここで並んで順番を取っておきますから。
今度は、一番ですし・・・。」
哲司はそう言って、乗車位置を示された最前列に荷物ごと移動する。
「あのう・・・・、何とお呼びすれば?」
女性が申し訳なさそうに訊いて来る。
「ああ、僕は巽と言います。」
「私は、稲垣美和、この子は薫と言います。」
「女のお子さんですか?」
「はい、女の子です。」
「お幾つなんです?」
「まだ5ヶ月なんです。」
「ああ、まだ半年もなってないんですか・・・・・。」
「でも、こうして抱いていると、結構重たいんですよ。」
その女性ははにかむように笑った。
「ところで、巽さん、珈琲飲まれます?」
「はい、あっ、買ってきましょうか?」
哲司は勘違いをした。
その女性が珈琲が飲みたくなったからそう言ったと思ったのだ。
だから、そんな返事になった。
「いえ、飲まれるのでしたら、その鞄の中に携帯用のポットが入っています。
そこにホット珈琲が入っていますから、よろしければどうぞ。」
互いに名乗ったからでもないだろうが、女性は少し打ち解けたような言い方をする。
「有難うございます。電車に乗ったら頂く事にします。」
哲司はそう言ってにっこりと笑って見せた。
すると、その時である。
女性が抱いていた赤ん坊が「きゃっきゃっ」と声を出して笑った。
哲司は別にその赤ん坊に笑いかけたものではなかったから、その反応に少し驚いた。
「あら、珍しい事もあるのねぇ。
実は、この子、どうしてだか、男性が苦手なんですよ。
パパも駄目、御爺ちゃんも駄目で、いくらあやしても笑わないって、私が叱られているんです。」
「そ、そうなんですか・・・。だったら、僕に対して笑ったんじゃないでしょう。」
哲司はそう言いながら、改めて赤ん坊の顔を見る。
目が合った。
すると、どうだろう。
両目を瞑ったように見えるほど、にっこりと笑うのだ。
「ほんと、珍しいこともあるものねぇ。」
女性が驚いた声を上げた。
(つづく)