第5章 舞い降りたエンジェル(その11)
女性が息を切らせてやってくる。
「乗りますか?」
哲司は敢えて訊いてみた。
もう、ほとんど空いている席はないだろうと思ってのことだ。
女性は、窓から車内の状況をチラッと見たようだった。
「済みませんでした。お手数ばかりお掛けして。
私は、この後の急行にします。どうぞ、乗ってください。」
そう言って、哲司が持っていた鞄を受け取ろうとする。
「あ、じゃあ、僕も次のにします。」
哲司の口から意外な言葉が出た。
「いえ、そこまでして頂かなくても・・・。」
女性が恐縮する。
「どうせ、実家に帰るだけですから・・・。
今日中に着けばいいんです。」
哲司はそう言って笑って見せた。
だが、言っていることは事実でもある。
夕方までに着けは良いのだが、どうしてこんなに早く来たかと言えば、それは奈菜との接触を避けようとしただけのことだ。
結果としては、その思惑も外れてしまったが。
だから、時間はたっぷりとある。
急いで帰っても、重苦しい時間がそれだけ早く訪れるだけのことだ。
「次の急行は何時発なのか、見てきます。」
再度、並びなおすつもりで、哲司がそう言った。
電光掲示板を確認に行くつもりだった。
「次は、10時35分だと思います。」
女性が即座にそう答えた。
「それでしたら、あと20分ですね。」
哲司がそう言ったとき、目の前の電車のドアが閉まった。
そして、ゆっくりと動き始める。
目で追っただけだが、車内には立っている乗客の姿もあった。
やはり、あれから乗り込んでも、座ることは出来なかっただろうと思える。
「ところで、僕は終点まで行くんですが、あなたは?」
互いにどこまで行くのかさえも聞いてはいなかったことに、今頃、気がついている。
「ああ、私はひとつ手前です。そこで降りて、あと、普通電車で2駅なんです。」
女性がそう答える。
「それは大変ですねぇ。赤ちゃんがご一緒だと。」
「駅までは、父が迎えに来てはくれるんですが・・・。」
女性は、すこし溜息をつくようにして、そう説明した。
何か事情があるのかもしれない。
(つづく)