第1章 携帯で見つけたバイト(その24)
「この野郎!いい加減にしろ!」
若い男がその山田の襟首を後ろから掴んだ。
山田はゴミを拾うためにしゃがんでいたのだから、そこしか掴む場所が無い。
と、その時、その若い男の身体が宙を舞った。
次の瞬間には、ゴミが散乱している床に叩きつけられていた。
「ムギュ・・・」
そうした声を本人が発したかどうかは定かではない。
だが、そうした様子を見ていた哲司には、そう聞こえたような気がする。
「何をするんだ!」
今度は香川主任が大きな声を出す。
だが、山田は、相変わらず、床のゴミを集めているだけである。
一体何が起こったのか。
哲司も、その一部始終を見ていたのだが、何がどうなったのかはすぐには理解できなかった。
だが、今見た映像をスローモーションで再現すれば、やはり山田が男を投げ飛ばしたことになるだろうと思う。
「こいつ、そんな事も出来るのか・・・・・」
より一層の不気味さを覚える。
床の上に大の字に寝ている若い部下の傍に香川が駆け寄る。
「だ、大丈夫か?森本!」
「痛てて・・・・。」
森本と呼ばれた若い男が、腰の辺りに手をやりながら半身を起こす。
どうやら、そんなに極端なダメージは無いようだ。
「おい、山田!・・・一体、どういうつもりだ?」
香川の声が怒りに震えている。
「別に、どんなつもりもありません。
いきなり襟首の所を掴まれたので、つい・・・・・。
条件反射みたいなものですから。」
「・・・・・・・・・・」
香川も言葉が出ない。
確かに、掴みかかったのは森本のほうだ。
香川もそれは見ていたのだから、分っていたのだろう。
だが、そうだからと言って、あそこまでやらなくても良いのではなかったか。
そんな思いが香川にはあるように思われた。
だが、香川には立場というものがある。
このまま、黙って引き下がる事はできない。
かと言って、たかがバイトの若い男に、引越し業を本業とする部下がいとも簡単に投げ飛ばされたことを表沙汰にもしたくない。
そうした迷いが一瞬の沈黙に表れる。
哲司は、自分の作業の手を止めて、その成り行きをじっと見守った。
(つづく)