第5章 舞い降りたエンジェル(その6)
「おはよう、てっちゃん。」
奈菜であった。
「ああ・・・・・・。」
哲司は言葉にならない。
奈菜と顔を会わせないようにするためにこの時間に出てきたのに、と思う。
「今から帰るの?」
「うん。」
「気をつけてね。」
「うん。・・・でも、奈菜ちゃんも早いんだね。」
「いつもの事だよ。10時からの勤務だけれど、10分前には入っているもの。」
「えらいんだ。」
「そうでもないよ。バイトの子、皆、そうしているよ。」
信号が青に変わる。
「じゃあ、・・・。戻ってくる日が決まったら、必ず電話頂戴ね。」
「ああ、必ずするよ。」
「絶対だよ。」
「うん、絶対に電話する。」
「約束してくれる?」
奈菜はそう言って右手の小指を差し出した。
つまり、指きりをしろと言うのだ。
信号が気になる哲司だったが、奈菜にそこまでされて無視するわけには行かない。
止む無く、指きりげんまんに付き合った。
「あっ!信号が・・・。」
奈菜が叫んだ。
哲司は、走って信号を渡った。
渡り終えて振り返ると、奈菜が手を振っていた。
少し恥ずかしい気もしたが、哲司も同じようにして手を振った。
自動販売機で切符を買っている時、携帯電話が鳴った。
メールが着信した事を知らせる音だ。
画面を見る。
奈菜からのメールだ。
想像は出来た。きっと、そうだろうと思っていた。
改札を通って、ホームに上がってから、メールを読んだ。
「明日、検診に行ってきます。」
それだけが記されていた。
哲司は、しばらくその画面を見つめていたが、とうとう返信は出来なかった。
どのように返せばいいのかが分らなかったのだ。
(つづく)