第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その54)
兎も角も、明日、一旦実家に戻ることになった。
昨日までは、と言うより、ついさっきまでは実家に戻ることなんて考えても見なかったことである。
出来れば避けたい。
ここにじっとしていたい。
それが本音だった。
だが、そんな哲司が帰ろうと思ったことの意味は大きい。
漠然とだが、自分でもそんな気がする。
奈菜と父親、そして母方の叔父や祖父との関係をじっくりと考えていくうちに、自分にも見直さなければならない親子関係があることに気がついたのかもしれない。
奈菜を自分に置き換えてみて、いろいろと考えた。
父親としての理論にも、ある一定の理解はできるものがあった。
それは、必ずしも同一ではないものの、自分と父親の間に存在する温度差によく似たものがあるような気がする。
だが、それだからといって、では、こうすれば・・という提案できる知恵も無い。
ただ、ああ、同じような行き違いがあるんだなぁ、という理解はある。
哲司として、これからそうした親子関係を内包している奈菜と父親それぞれとまた話をしなければならないことになっている。
そこには、解決をしなければならない幾つかの疑問もあるし、互いの言葉足らずによる誤解もあるに違いない。
その点を解消しなければ、間に入った哲司は苦しいだけだ。
ひとつの考え方としては、投げ出して「撤退」することも選択肢にはあるだろう。
だが、今の素直な気持から言えば、やはり奈菜とは離れたくはない。
誰に何と言われようが、好きなものは好きなのだ。
これは、理屈ではない。
22歳の男の感情を曲げることはできない。
それと、もうひとつ、忘れてならないことは、奈菜のお腹には、哲司ではない誰かの子供が生きていることだ。
その子供の将来を含めて、「付き合ってみてくれ」と母方の祖父から言われている。
その問いかけにも、哲司は答えを出さなくてはならない。
このことについては、自分だけの問題で収まるものではない。
それは分っている。
当然に、両親へも、それなりの話をしなければ、前には進まない。
明日、実家に戻っても、この奈菜との付合いについて話をするかどうかは自分でも分っていない。
母親の口ぶりからだと、両親側にも改めて話したいことがあるようだ。
その内容を含めて、どうなるかはまったく分らない。
その場の雰囲気で決まるかもしれない。
哲司は、そう思う。
(つづく)