第1章 携帯で見つけたバイト(その23)
「知ってるんだったら、どうして早くに言わん!
誰か知ってる人間はいないのか?って聞いたろ?」
香川は今になって言い出した山田に対して怒りを露わにした。
「・・・だったら、いいです。」
山田が踵を返す。
無表情である。
「おい!ちょっと待て!
誰が黙っていけと言った。
知っているんだったら、ちゃんと教えろ。」
香川の怒りの火に油を注いだようなものだった。
部下の手前もあるのだろう。
そう簡単には引き下がらない。
「そこまで怒られてまで言う必要はありません。」
山田は、そう言って、自分の作業エリアに戻っていく。
飄々としている。
最初に哲司が声を掛けたときと同じような雰囲気である。
「おい、バイト!
いい加減な事を言うなよ。本当に知っているのか?
口から出任せを言ってるんじゃないのか?」
香川の傍にいた若い男が、今にも飛びつかんばかりに山田に迫る。
自分が主任から任された仕事で対応が分からない事があった。
それが、この警告音を発する装置の存在だった。
それを主任に報告して指示を仰いだのだが、さすがの主任も即答は出来なかった。
いくら引越しのプロだと言っても、こうした電子機器まではその範疇には入っていないのだから、仕方の無い事だと思っていた。
「最終的には、及川さんの判断次第なのだろう。」
男は、そのように考えていた。
及川というのは、この引越し作業の現場責任者である。
その男にそこまで迫られても、山田は元の位置に戻って、また床に散らばったゴミを拾い集める作業を続けているだけである。
横で見ていた哲司は思う。
「こいつ、本当に頭のどこかが外れてるんじゃないのか?
普通じゃないぜ。」
確かに、あの装置は山田が言うとおりだろう。
傍まで行って現物を触ったのではないから、確定的なことは言えないのだが、家電量販店に勤めていた時に扱ったことのある装置にほぼ間違いは無いだろう。
でも、それにしても、この山田が、ああした装置を知っているとはホント予想外だった。
どこかで、そうしたものを扱った経験があるに違いない。
一度や二度見たことがある程度では、ああした言い方は出来ない。
「でも、あそこまで言っておきながら、その後の対応があれじゃあ、機嫌の悪い香川主任でなくとも、激怒する事になるだろう。
あいつ、そういうことが分ってないのか?」
哲司は、不思議な生物でも見るかのような眩しそうな目をしていた。
(つづく)