第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その46)
哲司がいつものソファに腰を下ろしたとき、母親が食卓テーブルのところで呼ぶ。
「ちょ、ちょっと。・・・・・。」
「何だよ。朝っぱらから。」
哲司は憎たらしげな言い方をする。
これは、そこに母親だけしかいないからできることなのだが。
「いいから、こっちおいで。」
それでも今回は母親も譲らない。
食卓テーブルのところに座ったままで、哲司を呼ぶ。
「しかたがないなぁ。」
哲司はしぶしぶという顔で母親の座っている向かい側の椅子に座る。
「はい。これね。昨日の晩、お父さんにちゃんと書いてもらいましたから。
後は、あんたが自分で書き入れるところだけだから。」
そう言って、母親は昨日担任から貰ってきた封筒を哲司の前に差し出した。
「えっ?俺が書くところもあるの?」
哲司は惚けたことを言う。
自分の受験申込書である。
本来は、自分自身が先に書いて、そうした内容を含めて保護者が確認をするのが本当なのだ。
「ああ、分った。後で書くよ。」
哲司は、邪魔臭いものだと思った。
「朝飯は?」
哲司は、とりあえず食ってから考えようと思う。
腹が減っては何とか・・というではないか。
「こんなに早く起きてくるとは思ってなかったから・・・。
いつもの通り、トーストと珈琲でいい?」
「ああ・・・。」
「直ぐに用意するから、その間に、それ書いてしまいなさいよ。」
母親も気楽に言う。
哲司も、ふとそんな気になった。
封筒から書類を取り出して、テーブルの上で拡げてみる。
一番下の欄に、両親の署名と押印がしてあった。
そこから上へ視線を動かしていく。
「えっ?・・・・・・・・・。」
哲司は言葉も出なかった。
受験者本人が書くべき欄に、薄い鉛筆で書き込みがされていた。
久しく見なかったが、父親の字に間違いはなかった。
(つづく)