第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その45)
哲司が折角整えた臨戦態勢だったが、予想に反して、難敵の父親はとうとう哲司を部屋から呼び出すことはしなかった。
「一体、どうなってるの?」
哲司はほっとした反面、父親が何を考えてそうした態度に出たのかがさっぱり分らない。
そうなったからと言って、いまさらテレビが見たいとリビングに出て行く気持にもなれなかった。
折角、平穏に、明日の朝が迎えられそうなのだから、一晩ぐらいテレビが見られなくたって・・・。
哲司は、意識してそう思うことにした。
そうでなければ、自分の部屋に軟禁状態になったような気がしそうだった。
「ふう〜・」
一呼吸して、哲司はベッドに横になった。
時間があるからといって、まさか勉強などをする気にはならない。
かと言って、この部屋を出ても、行く場所は無い。
いつも、この時間になると陣取っているリビングのソファが懐かしく思えるが、少なくとも今夜だけは、あの場所へ座ることは諦めなければならない。
そんなことを考えていると、いつしかそのまま眠ってしまった。
朝、いつもの通り、目覚まし時計の音で目が覚める。
気がつけば、パジャマに着替えることもなく、室内着として着ていたジャージのままだった。
だが、それでも、昨夜はいつもよりも随分と早く眠ったことから、その目覚ましだけで起きられた。
もう7時半だ。
いつもは、この時間、父親は既に家を出ていた。
今日も、その筈だった。
念のためにと、自室のドアに耳を付ける。
リビングの気配を探っている。
母親の鼻歌が微かに聞こえるだけで、父親の気配は無い。
「よ〜し」
哲司は自室から出て、リビングへと足を向けた。
「ああ、おはよう。
珍しいこともあるのね。目覚まし時計だけで起きるなんて。」
母親は上機嫌で、そんな皮肉を言ってくる。
しかも、そのノリがいつもよりも明るくて軽い。
その日の天気と同じだった。
(つづく)