第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その37)
「う〜ん・・・・。なんという日なんだ、今日は。」
哲司は今日一日を振り返ってそう感じる。
それは、哲司か意識して行動した結果ではない。
強いて言うのであれば、奈菜の顔が見たくてコンビニに行った。
そのことだけが、哲司の意思によるものだ。
後は、向こうからやってきたことだ。
コンビニに行ったら、店長に「お茶でも飲まないか?」と誘われた。
それは、たまたま哲司が店に顔を出したからだろう。
如何に奈菜に頼まれたからと言っても、アパートの部屋にまで押しかけてきてそう言ったものではない。
つまり、たまたまなのだ。
話の内容からすれば、そりゃあ、今日でなくとも近日中には同じようにお茶に誘われたのだろうけれど、あくまでも今日、そうした誘いがあったのは、本当にたまたまなのだと思う。
それに引替え、午後からやってきた奈菜の父親との話しは、父親の意思によって今日と決められていた。
少なくとも、父親の思いとしては、1日も早くで、その最短が今日という日だったのではないのだろうか。
だからこそ、いつ戻ってくるかも分らない哲司を、車の中とは言え、じっとアパートの前で待っていたのだ。
可能性としては、今日、会えないかも知れないというリスクがあったのにだ。
哲司はプー太郎で、いわば時間はふんだんにあるが、奈菜の父親にとってはそうした時間を確保する事さえなかなか自分の思う通りにはできないだろう。
そうした状況でも、今日と言う日に掛けていたような気がする。
だからこそ、会えないかも知れない可能性があるのに、あのステーキハウスの席を予約していたのだ。
それだけ強い意識があったものと考えられる。
と、いうことは、場合によっては、店長やマスターからの話を聞かないうちに、父親との話し合いがあったかもしれないということになる。
午前中の店長やマスターの話しは、明日だったかもしれないのだ。
彼らは、少なくとも、今日に固執はしていない。
早いに越した事はないにしても、今日でなければ・・・との思いは薄かっただろう。
もし、今日の午前中の話が無くて、午後からの父親との話し合いに対応したとすれば、きっと、今日の対応とはまったく別なものになっていたに違いない。
「いろいろとあったけれど、これはこれで良かったのかもしれない。」
哲司は、ふとそう思った。
(つづく)