第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その33)
「何で、俺に訊く?」
冷静になればなるだけ、その点が分らなくなる。
「待てよ・・・・。」
哲司は、喫茶店のマスターが言っていた話が、否がおうにも重みを増してくるのを感じる。
あのマスターは、奈菜の母方の祖父だ。
そのマスターが、彼らの本家、確か伏見の造り酒屋だとか言ってたよな。
そこの跡取り、つまり後継者が居なくて困っているという話をして、奈菜のお腹の子を将来的にはその本家の後継者にしたいというようなことを言っていた。
それを聞いたときには、何か、他人の家のことだから、という遠い感覚があったのだが、今、こうして改めて考えると、実はとんでもないことを言われていたのだと思う。
もちろん、その子はまだ産まれてもいない。
奈菜のお腹の中にいるのだ。
それなのに、あのマスターは、そこまで踏み込んだ話をしていた。
何か、昔の武家のお家騒動のような話だなぁ、と思っていたのだが、どうやら、それが前提にあるがゆえに、奈菜はお腹の子を守ろうとしてるのかもしれない。
そんな気もしてくる。
「でもなぁ、それって、随分と先のことだろうし、ややこしい話になるんじゃないのだろうか?」
哲司はそう思う。
分かり易く考えれば、例えその相手の男が誰であろうと、奈菜がその男と結婚するとしたら、当然に、その子はその男の家の子供になる。
それが普通の流れだ。
ただ、今回の場合、奈菜の言い分が正しいとすれば、父親となる男は特定できない。
それでもその子を産むとなれば、俗に言う「私生児」だ。
この場合は、奈菜の子、つまり田崎家の子供となる。
ここまでは、哲司にでも理解できる。
それが分っていて、どうしてあのマスターは、自分の本家の跡取りなどと言うのだろう?
確かに、そうした伝統的な商売をする家系では、後継者が居ないということは痛いことには違いない。
だが、だからと言って、孫娘の子供だと言っても、あくまでも田崎家に生まれた子をどうしてその後継者にできると言うのだろう?
「こりゃあ、好きだ嫌いだのレベルをはるかに超えた話だぞ。」
哲司は、深い溜息をつく。
(つづく)