第1章 携帯で見つけたバイト(その21)
「それでも、だったらこのバイトを辞めろとは言えないんだ。
そこが弱いところだ。
引越しは時間との勝負だ。約束の時間までには終わらなければならない。」
「それは分りますけれど・・・。」
「やつらも現地へ来て初めて知る実態もあるんだ。
つまり、予定外のこともあるんだ。
プロだしな、この作業がこの人数でどれぐらいの時間がかかるかってぐらいは見ただけで分っているんだ。
とても出来ないなと思っているんだ。」
「だったら、どうしてあんなに言うんだろう?」
「そこが、彼らも辛いところさ。
出来ないとわかっていても、それを最初から認めると、別に人数を呼ぶか、あるいは直営の自社社員に手伝わせるしかないんだ。
それでも、契約をした以上、追加の費用はなかなか請求できない。
つまり、それだけ分は持ち出しになる。」
「それは分りますけれど・・・・・。」
「だからさ、最初から出来ません、とはっきり言う事なんだ。
彼らに、別のバイトをつれてこさせるか、それとも自分達もやる事で不足分を補うのかを考えてもらうのさ。」
「なるほどねぇ。」
その先輩は、こうした雇い主との駆け引きは旨かった。
頭は良かった。
哲司もいろんなことで舌を巻く場面があった。
そうした経験を持つ哲司だが、この現場を見たときに、そうした違和感は無かった。
「十分やれる」との読みがあった。
だからこそ、山田とのエリア分けを提案したのだ。
山田の申告が正しくて、本当にこうした引越しのバイトが初めてなのであれば、当然に手間取る。
その彼と共同作業となると、どうしても哲司に負担が来る。
それを避けたかった。
賃金は決まっているのだ。
やる以上は、少しでも楽をしたかった。
午後の2時には、アパートに奈菜が来ることになっている。
特段の用事は無いのだが、それでも彼女が来ると言うのには、それなりの意味があった。
つまり、真昼間からセックスを楽しもうと言うのだ。
奈菜は家族一緒に住んでいるから、自分のベッドでという訳には行かないし、また、夜遅くに外出する事も難しかった。
だから、今日は、何としてでも12時にはバイトを終え、帰ってからシャワーを浴びておきたいのだ。
何が何でも、バイトの延長だけは避けたかった。
(つづく)