第1章 携帯で見つけたバイト(その20)
そうしてひとつの書庫が倒された。
中に入っていた仕切り棚が大きな音を立てて書庫の中で重なり合う。
それでも、そんな事にはお構いなく、男達はそれを2台の台車に載せて部屋から運び出していく。
それをきっかけのようにして、次々と男達が2人一組でやってきては、同じようにして書庫を倒し、そして台車に載せて運んでいく。
騒然とした雰囲気が辺りを支配している。
それまでは、その書庫が壁のようになっていて、哲司と山田がいる空間がひとつの部屋のような感じになっていたのだが、そうして書庫がひとつひとつ無くなっていくと、広いフロアーの一番端にいることに気がつく。
「おい、まだそんな程度か。もっとさっさとやれよ。
時間が無いんだ。」
最後の書庫が倒された陰から、一度は姿が見えなくなっていた香川主任がやってきて、2人の周辺を見渡してそう言った。
「12時までに終われなかったら、その後もやってもらうからな。
もちろん、無給だ。分ってるな。
それが嫌だったら、時間内に全部片付けろ。」
腕時計を見ながら、その言葉を続けてくる。
「ええっ!・・・・・・」
今まで殆ど自分からものを言わなかった山田がそう叫ぶ。
一種のパフォーマンスかとその顔をまじまじと見たが、どうやらそうではなさそうだ。
本音としての声が出たらしい。
哲司は、今までのバイト経験から、そうしたことを言われるであろうことは十分に承知していた。
時給幾らの約束でするバイトだが、ファーストフード店などの接客業のように、ある時間からある時間まで、その店におればいいというものではない。
接客業は、客が多くても少なくても時給は同じだ。
だから運もある。忙しくても、暇でも、もらえる金は同一になる。
だが、この引越し作業のバイトは、まずは作業量ありきなのである。
その予想される作業量を見越して、人員が決められる。
それでも、そのはじき出された人員が必ずしも妥当だとは言えない。
つまり、運が悪ければ、低賃金なのにこき使われることになる。
必要な作業を全部片付けてナンボだというのがこのバイトの常識である。
哲司は、以前に、とてもじゃないが与えられた時間では出来ないと思われる作業を言われたことがあった。
「そんなときは、絶対にやり始めたらダメだぞ。」
バイトの先輩が教えてくれる。
「じゃあ、どうすれば?」
「そんときはな、最初に言うんだ。この時間ではとても出来ませんって。」
「そんなこと、最初から言っても大丈夫なんですか?」
「一旦始めてから言うのはマズイ。最初に言うことが大切なんだ。
向こうもお客との約束があるから、絶対に完了させたいんだ。
だから、最初から出来そうもないのであれば、断ることさ。」
「でも、そんなことをしたら・・・・・・・」
(つづく)