第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その21)
哲司は、改めテーブルの上に拡げていたノートを見る。
(1)12月21日、 コンビニでバイトしているのを見る → 釣銭事件
とある。
と、いうことは、やはり専門学校が休みに入った頃を見計らって、母親が電話を掛けてきていたってことなのだろう。
その当日だったのか、あるいは数日前だったのかは記憶が戻らないのだが、ともかくもその辺りで「帰って来い」との要請を受けていたのだ。
だが、哲司は、当然のように帰りたくは無い。
と言うよりも、両親の顔を見たくはないのが本音だ。
だから「帰れない正当な理由」を作り上げる必要に迫られていた。
まさに作り上げることが緊急の課題だった筈だ。
どれぐらいの時間を費やして悩んでいたのかは分らないが、少なくとも、奈菜と初めて顔を合わせることとなったあの「釣銭事件」の当日にも、依然としてその答えは見つかっていなかっただろうと思える。
だからこそ、珍しく金のことから頭が少し離れていたのだろう。
釣銭をその場で数えなかった。
そこまでは思い出した。
多分、それが当時の状況だったのだろう。
そう考えると、全てのことが何となく収まりが付いてくる。
なのに、その一方で、どうしてその返答の電話を掛けていないのかは、依然としてはっきりとはしない。
つまり、「帰れない正当な理由」の行方が分らないままなのだ。
母親も、先ほどの電話で、あの時も返事をしてこなかった、と言っていた。
哲司自身にも、その答えを電話した記憶はないから、その理由が見つけられなかったのか、それとも忘れ去ってしまったのか、は別にしても、具体的な結論が出されていたとは思えない。
「まぁ、いいや。それと、今回の奈菜ちゃんの件とは関係が無い。」
哲司は、ごく簡単に、それで片付けてしまった。
そして、ノートの(1)12月21日の項に、カッコ書きで追記をする。
(釣銭を確認しなかったのは、実家に帰れない理由を考えていたから)
「この話をすれば、奈菜の父親も、きっと、なるほどと理解してくれるだろう。」
哲司は、奈菜の父親が言った「普通はその場で確認するでしょう?」という問いへの答えを見つけ出したように思った。
やはり、考えれば、それだけのことは思いつくものだ。
哲司は、再びテーブルの前に座りなおした。
(つづく)