第1章 携帯で見つけたバイト(その19)
「そうだよ。そう言われたろう?」
哲司は照れ隠しの意味もあって、突き放した言い方になる。
「本当に捨ててあるんですよね。ここにあるものは。」
それでも山田はとぼけた訊き方をしてくる。
「何が言いたいの?」
哲司は少し腹が立つ。
折角、いいものを見つけたのに、その楽しみを邪魔されたような気がするのだ。
「・・・・・だったら、いいです。」
山田も「嫌なやつに訊いた」と思ったようだ。
ぷいと向こうを向いて、自分のエリアに戻っていった。
哲司は、ゴミの山の中から、ペーパーバッグを見つけ出した。
「よし、これがいい。」
持ち帰るつもりの履歴書の束をそこに入れる。
本音を言えば、一枚一枚中身を精査して、「いい女」「可愛い女」だけを選びたいところだが、この場でそれをする訳には行かないから、ともかく目に付いたものをすべて入れる。
「捨てるのはいつでも捨てられる。」
ウキウキした気分である。
その履歴書を入れた袋を目立たないように隅に押しやってから、残りのゴミを片付けていく。
「考えないことだ。」
単純な作業をするのは、どうしてもすぐに飽きてくる。
だが、これも金のためなのだから、後で文句を言われないようにだけはしておく必要がある。
そのためには、「余計なことを考えないこと」が何より重要だと思っていた。
これもいろいろなバイトをした経験から得た教訓である。
「おい!・・・・危ないから、ちょっとだけそっちへ避けておいてくれないか。」
運送屋の制服を着た男が声を掛けてくる。
境にあった書棚を運び出すらしい。
哲司と山田は慌てて壁側に寄る。
これから動かそうとする書棚は、どうやら壁に取り付けられていたものらしく、高さも2メートルを越えているものだ。
「昔は、これぐらいのもの、1人で背負って行ったものなんだが・・・」と以前のバイトで世話になった小規模の引越し屋の店主が言っていたのを思い出す。
「嫁入り箪笥を運ぶのは、引越し屋の誉れだった」という話も聞いた。
だが、最近の運送業は、システム化されている。
こうした大きなものは、台車2台を使って運ぶのだ。
横にして、頭とお尻の部分を台車に載せて運ぶ。
ただ、立っているものを横にするときだけは、やはり危険が伴うようで、怪我をするというと、大抵はこの横倒しのときだと言われている。
それだけに、やはり慎重だ。
だから、万一を考えて、傍にいた2人を遠ざけたものだった。
声を掛けてきた男がその書棚を揺するようにする。
そうして、次第に大きな揺れを作り出していく。
スチール製なのだが、さすがにそこまで揺らされると大きな音がする。
中のものは全て取り出されているから空っぽなのだが、そのことが揺すられたときに出る音を共鳴させるようで、やかましいほどだ。
「じゃあ、行くぞ!」
男はそう声を掛けて、書庫を横に倒していく。
向こう側にいた男が、倒れてくる書庫の頭部分を両手で受けようとする。
(つづく)