第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その11)
スノボーが奈菜の趣味であったことは知らなかった。
例の「釣銭事件」の後、店長が「ほんの気持」だとおにぎりの半額券をくれていたものだから、それを当てにして、頻繁に店に行くようになった。
何しろ、おにぎりは「生もの」である。
カップ麺のように買いだめがきかない。
だから、その日に食べるものをその日に買いに行く。
今までは1週間に1回程度しか顔を出さなかったのに、米の飯が食えるという嬉しさもあって、その頻度が増した。
だが、よく考えてみると、その半額券だって、すぐに無くなった筈だ。
それでも、だからと言って、以前の週1回のペースには戻していない。
おにぎりの半額券が無くなってからは、それまでは買いだめをしていたカップ麺でさえ、その日に食べるものをその日に買いに行くようになっていた。
「・・・・・・・・・・」
何故か?と考えても、合理的な答えはない。
ただ、毎日のようにコンビニに行きたかっただけだ。
その理由は、奈菜の顔が見たかった。それだけだと思う。
今、考えても、顔がにやけてくる。
「やっぱり、俺から行ってるよな。」
哲司は、奈菜との関係の出発点は、そこにあると思う。
決して、奈菜から仕掛けられたものではない。
そして、そこまでは常に受身だった奈菜の態度が大きく変わったのが、あのスノボーを抱えて行った日なのだ。
あれは、確か、年が明けて半月も経った頃だったろうか。
これも、明確な日付の記憶はない。
ただ、より一層、奈菜と親しく話したいと思うようになっていて、何とか携帯電話の番号を教えてもらえないものかと考えていた時期だったと思う。
友達のアパートに遊びに行った。
その帰りに、「スノーボードを数日間だけ預かってくれないか?」と言われたのだ。
「どうして?」と訊くと、「親が勉強の様子を見に泊まりに来るから、隠しておきたい」と言う。
その友達は、大学受験を2度も失敗しているから、親からは相当なプレッシャーを受けているようだった。
その依頼を、「ああいいよ」と気楽に請合ったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
(つづく)