第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その9)
だが、恐らくは、きちんとした説明などはできなかったのだろう。
少なくとも、店長や顔なじみの男の子が聞いても、それが哲司であろうと推定出来なかったようだ。
だからこそである。
哲司が「釣銭を間違っていたよ」と持って行ったのに、奥から出てきた店長は「この人か?」と奈菜に確認をしていた。
それほどまでに、奈菜の説明は゛明らかな情報不足”だったのだろう。
そうだろう!
哲司は、改めて思う。
奈菜の父親が言うように、奈菜がその以前から哲司のことを知っていて、それで近づくためにあの「釣銭事件」を意識して起こしたとするならば、当然にもっと詳しく、しかも店長や他の店員が、「それだったら、あの若い子だ」と哲司を特定できるようにしなければ、何の役にも立ちはしない。
たまたま、哲司は、これからのことを考えて、自ら「間違っていたよ」と申し出たのだが、あのまま哲司が“ネコババ”を決めてしまったら、奈菜には手の出しようがなくなるのだ。
「間違っていませんでしたか?」と問われても、一旦“ネコババ”を決心した奴であれば、当然「そんなことはなかった」と言い切るだろう。
それで全てが終る。
こうしたことから考えても、奈菜の父親が言う「その以前から哲司を知っていて・・・」というのは、その前提から崩れるだろうと確信する。
そこまで整理をして、「さて、その次だ」と哲司は区切る。
単なるそうした出会いなのだが、いつの間にか行くたびに一言二言話すようになる。
その大部分は、大したことではない。
おまけに、互いに個人的なことは話さない。
あくまでも、コンビニの客と店員としての会話である。
その日にちや順序ははっきりとはしないものの、何度か交わした小さな会話の映像がスナップ写真のようにバラバラに出てくる。
「このラーメン、私も好きですよ」とか、「新商品が出ましたよ」とかだ。
その場面を、ひとつひとつ丁寧に思い浮かべてみる。
「ああ・・・・・!」
哲司は、奈菜の話し方が急に変化したのは、この辺りからだという感覚が戻ってきた。
「そうだ!やはり、あのスノボーなんだ。」
その日の行動が、改めて思い出されてくる。
(つづく)