第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その8)
「良い人で良かったねぇ。」
店長は奈菜に向かってそう言った。
つまり、釣銭の間違いをそのまま“ネコババ”する人間ではなくて、という意味なのだろうが、それは別の意味で「君が弁償しなくても良いことになった」との言い訳にもなる。
あの時、レジには顔なじみの男の子が立っていた。
だから、「30分ほど前にレジにいた子は?」と訊いたのだ。
「どうして?」と訊き返すから「釣銭を間違っていたよ」と言った。
そうしたら、その男の子が事務所に走って行ったんだ。
多分、その時には奥の事務所で奈菜が店長に叱られていたんだろう。
つまり、彼も「釣銭が誤って渡された」ことを知っていたんだ。
だから、すっ飛んで行ったんだろう。
と、いうことは、俺がコンビニを出てまもなく、奈菜は自分が5千円を1万円と勘違いしたってことに気がついたんだ。
そうでなければ、つじつまが合わない。
俺がコンビニに再び行ったのは30分ほどしてだ。
その間に、現金の残高チェックが行われたとは思えない。
タイミングが良すぎる。
だから、きっと、奈菜が自分で間違いを発見したのだろう。
それで、直ぐに店長にそのことを報告したに違いない。
何しろ、店長は奈菜の叔父にあたる親戚である。
そのまま放置することも出来ないだろう。
それを聞いた店長は、「その客はどんな奴だった?」と訊くだろう。
当然のことだ。
どこの誰かが分れば、対処の仕方もあると考えたに違いない。
だが、何しろ奈菜はまだ新人である。
実際のところは、バイトを始めてから何日ぐらいが経っているのかは知らないが、少なくとも週1回のペースで行っている哲司が初めて見たのだから、そんなに前からではない。
それなのに、具体的に「どんな客だった?」と訊かれても、恐らくはきちんとした説明はできなかっただろうと思える。
せいぜい大凡の年齢と服装から受ける印象ぐらいだろう、言えるのは。
自分でも、自分の特徴を説明しろと言われると、多分、なるほどと思われる説明はできない。
それほど、特徴の無い顔形をしている。
誰か有名人にでも似ておればいいのだが。
「奈菜ちゃんは、俺のこと、どんな風に説明したんだろう?」
ふと、それが気になった哲司である。
(つづく)