第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その7)
「・・・俺って、ああいう女の子の涙って弱いんだよなぁ。」
哲司は、そのことは意識していた。
それは、今回に限ったことではない。
兎も角、女の涙にはからっきしなのだ。
小学校時代。
学校で飼っていた兎が夜のうちに野犬に襲われて全滅したことがあった。
夏休みの期間中だった。
持ち回りで飼育当番が決められていて、哲司がある女の子とペアで担当した時のことだ。
掃除が終って、哲司が糞などのゴミを片付けている間に、その女の子が兎小屋の鍵を掛けて飼育日記を書くことにしていた。
ところが、その夜に、野犬に襲われたのだ。
当然、その翌日の当番が登校してから大騒ぎとなる。
「小屋が破られたわけでは無いから、誰かが鍵を開けたんだ。」
「いや、鍵が掛かっていなかったのではないか。」
「でも、飼育当番は鍵を掛けてから帰ることになっている。」
「だったら、昨日の当番に、事情を聞いてみよう。」
そんな経緯で、哲司もその女の子と共に学校に呼び出される。
二人で登校する道で、その女の子が突然泣き出す。
「どうしたの?」と聞くと、
「私、鍵を掛け忘れたかもしれない」と言う。
「本当に掛けてないの?」
「分らない、覚えてないの。」
「でも、それを言うと、怒られるぞ。あれほど、鍵の賭け忘れの無いようにって言われてただろう。」
それを聞いた女の子は、ワンワンと泣きじゃくった。
で、結局は、哲司が「僕が鍵を掛け忘れたんです」と言うことになった。
別に、良い格好をしようとか、ポイントを稼いでおこうなどという魂胆は無い。
だが、女の子の涙には、どうしても同調してしまうのだ。
何もかもが見えなくなる。
実際、そうなのかもしれないと思う。
この釣銭のことだって、「あの子が責任を取らされるかも・・」という気持より、どちらかと言えば、もしその釣銭を誤魔化して知らぬ顔を決め込んだと場合、後々、あのコンビニに行きづらくなるというのが本音だった。
その筈だった。だから、返しに行ったのだ。
だが、その場で見た奈菜の涙が、それからの哲司をどこか狂わせているような気がしないでもない。
(つづく)