第4章 奈菜と言う名のマドンナ(その1)
奈菜の父親は、哲司をアパートの前で降ろした。
その時、一旦は閉めたドアを開けて、哲司に頼みごとをした。
「今日のこと、少しの間で構わないので、奈菜には黙っていて貰えませんか?」
「・・・う〜ん・・・。」
哲司は、一度は拒否する気持になっていた。
嘘をつかないでほしい、知っていることを黙っていないでほしい、と繰り返してきた父親なのに・・・、という反発もあった。
だが、その父親の弱りきった顔に釣り込まれるようにして、遂にはそれを認めることにする。
哲司自身も、今日のことを整理しておきたいという気持もあったからだ。
「分りました。
でも、1週間ぐらいが限度ですよ。」
哲司はそう答えた。
どうして1週間なのかはそれを口にした自分でも分ってはいない。
ただ、それ以上は、あのコンビニに行かずに我慢できるとは思えなかっただけだ。
奈菜の父親はそれを聞いて、少しは安堵したような笑みを残して、車を走らせて行った。
翌日も、その翌日も、哲司はアパートの部屋から一歩も出なかった。
その理由は簡単である。
どこに行くにしても、あのコンビニの前を通ることになるからだ。
私鉄の駅もその先だし、滅多にしない外食をするにしても、結局はその駅の近くまで行かなければ店はない。
もちろん、コンビニに行くこともしない。
つまり、しばらくは奈菜と顔を会わせない方が良いとの考えなのだ。
奈菜の父親と話してからというもの、今までに考えていたような軽い気持で奈菜に対処できないような気持になっている。
それは、別に、奈菜のことが嫌いになったとか、信用できなくなったということではないのだが、ごく普通の女の子へアプローチするのとは訳が違うぞ、という感覚がある。
それと、やはり決定的なのは、奈菜の本心がどこにあるのかが分らなくなったことだろう。
普通の恋ではなさそうだ。
単に、好きになった、惚れた、そんな言葉で片付けられるものではないような気がするのだ。
奈菜が、自分よりずっとずっと大人な女に見えてくる。
そんな不思議な感じがする。
(つづく)