第3章 やって来たパパ(その75)
丁度その時、携帯電話が鳴った。
哲司はその着信音が自分のものではないことから、当然に奈菜の父親の携帯電話が鳴ったと解釈をする。
「あっ!・・・・すみません。」
奈菜の父親は哲司にそう声を掛けてから、スーツの内ポケットに入れていた電話を取り出す。
着信相手を確かめるようにしてから、席を立つ。
そして、少し離れた窓際まで歩を進めてから電話に出た。
どうやら仕事関係のようだ。
そう思った哲司は、できるだけその電話でのやり取りから注意を逸らす。
「はい、・・・はい・・・・、分りました。・・・では。」
そう言って終った通話だったが、奈菜の父親の顔色がもうひとつ冴えない。
「巽君、わざわざご足労頂いたのに、本当に申し訳ない。
仕事で急用が出来、これから支店へ戻らなければならなくなりました。」
父親はそう言いながら、時間を確認している。
「はい・・・・・・。」
哲司はそれしか答えられない。
どうすれば良いのかは、父親の判断に任せるほかはない。
「アパートの前までお送りしますから、急で申し訳ないんですが、今からここを出ませんか?」
「はい。良いですよ。」
哲司は、自分の存在が足手まといになっているとは思うものの、地理不案内のこの店にひとり残されても困ると思っている。
それを確認してから、父親は部屋の電話を取った。
例のフロントへ直接かかるものだ。
「済みませんが、急用が出来て、直ぐに出ることにしますので・・・。
後は、いつもの通りでよろしくお願いします。」
父親は、それだけを言って、電話を置いた。
「さあ、出ましょう。忘れ物はないですか?」
哲司を気遣ってくれての言葉なのだが、最初から手ぶらだから、忘れ物などできるはずもない。
部屋を出るとき、父親はざっと部屋全体を見渡した。
そこであった会話の全てをきちんと頭に整理したかを、自分自身に確認しているようだった。
哲司も、父親の後ろを急ぎ足で付いていく。
(つづく)