第3章 やって来たパパ(その74)
「だから、意外に秩序あるアパートだと。」
奈菜の父親は、冒頭の言葉を再び口にした。
「そんなこと言われても・・・。」
哲司は、どうしてそんな話をされるのかが分らない。
そこで、父親が少し笑う。
「同じアパートの住人さんでもそうなのですよね。
君は殆ど意識されていなくても、相手はちゃんと君という住人を意識している。
まあ、具体的にどこまで知っているかは別ですがね。
それと同じで、君はその釣銭事件があった日に初めて奈菜と会ったと言われますが、本当はそうではないのかもしれない。
君が意識していなくても、奈菜が意識をしておれば、釣銭事件も偶発的なものだったとは言いきれないです。」
「また、その話ですか?
確かに、可能性がゼロだとは言いませんが、・・・・少なくとも、僕にとってはあの日が初めてだったというのは事実なんです。
でも、どうしてそこまで奈菜ちゃんを疑うのです?
ご自分の子供でしょう?
その奈菜ちゃんを信じられないんですか?」
「それは確かに悲しい話ではありますよね。
親が、子供を信じられないっていうのは。」
父親は、そう言ったかと思うと、しばらくは黙って目を閉じてしまった。
「・・・・・・・・」
哲司は何度となくその父親に向かって声を掛けようとするが、その都度、喉の奥に言葉が痞えて出てこない。
「親が子供を信じられないのは悲しいことだ」との言葉が、何度となく胸の中を行ったり来たりする。
何が原因で、そうなってしまったのかは分らない。
当然のことだ。他人の家のことだから。
だが、その言葉を自分と自分の両親に当て嵌めてみたら・・・・。
それでも、その答えは出てきそうにはない。
自分の両親は、自分を信じているのだろうか?
仕送りの件も、奈菜の父親が言うように、専門学校の授業料などではなく、日々の生活費に回されていることを知った上で続けているのだろうか?
そう言えば、「学校はどうだ?」という問いもして来なくなった。
哲司も、同調するかのように、そのまま黙り込んでしまう。
(つづく)