第3章 やって来たパパ(その73)
そんな哲司の顔を見て、これは不味いと思ったのか、奈菜の父親はその話し方を少し変えた。
「さっきも言ったでしょう?
君のアパートの住人は、君の名前を知っている人が結構いるって。」
「・・・はい。」
「君は、恐らく近所付き合いなんてしていないし、あのアパートに友人などもいない、と思っているのでしょうが、それは、あくまでも君がそのように一方的に思っているだけで、周囲の人は決してそうは思っていないんです。
現に、君の名前を聞いて、ああ何号室の若い人、という人もいましたよ。」
「へえ〜? どうしてなんだろう?」
「それは、関心があるかどうかの差ですよ。
ただ、それだけのことです。」
「関心の差?」
「そうです。君は、郵便ポストにも、部屋の名札入れにもちゃんと名前を入れておられる。」
「えっ?・・・・そうでしたっけ?」
「はい、ちゃんとワープロかパソコンかは知りませんが、プリントされたものが入っていましたよ。
君自身で書かれたのでなければ、どうしてそうなっているんでしょうねぇ?」
「・・・だとしたら、家主さん?」
「それとも、君のご両親か、ですね。
少なくとも、名札も表示しないような住人は入居させないという家主さんの強い意志があったのだろうと思います。
ですから、君だけではなくて、あのアパートの住人は全て同じように表示されていますよ。
今時、珍しいかもしれないぐらいです。」
「そうですか・・・・・。そこまで意識していなかったもので・・・。」
「ね、そんなものなんです。」
「何がです?」
「毎日のように郵便受けの前は通っておられるでしょう?
それなのに、君自身にそうしたことに関心が無ければ、全てのポストに名前が表示されている事すら気が付かれていない。
でも、同じアパートにどんな人が住んでいるかに、少しでも関心を持つ人ならば、君が何号室の何と言う名前の人物なのかは直ぐに分るようになっているんです。」
(つづく)