第3章 やって来たパパ(その71)
「・・・考えられませんね。そんなことは。」
哲司の本音だ。
自然と首が横に揺れる。
哲司が奈菜を最初に見たのがその当日なのだ。
奈菜がいつからバイトをしていたのかは知らないが、少なくとも哲司と顔を合わせたのはあの日が最初である。
その最初の日に、あの釣銭の間違いがあった。
仮に、奈菜が哲司に近づくのが目的としてだとしてもだ、今日初めて会った男をそのターゲットとするとは考えられない。
「その日が最初だと思えば、それはそうかもしれませんよね。
まさか、と思うでしょう。
でも、その日以前に、奈菜が君という人物を知っていて、それで是非とも近づきたいと思っていたとしたら、その釣銭の誤りも納得できませんか?」
「そんなぁ・・・・。
それ以前になんて、僕は奈菜ちゃんと会ったこともありませんし。」
「そう思うのは君の方だけで、奈菜は君を知っていたとしたら?」
「・・・・それって、・・・どういうことです?」
哲司は、父親がどうしてそのようなことを口にするのかが理解できない。
「君が住んでいるアパート、結構、若い人が住んでいるんですねぇ。」
一方の父親は、そんな哲司の想いなど気にもしていない風だ。
また、話の矛先を変えてくる。
「・・・そうですか? あまり、付合いが無いもので・・・・。」
「そうでしょう? そんなものなんです。
実は、君のアパートの前で待っている間に、何人かの住人を見かけたんです。
出て行く人もいたし、外から帰ってきた人もいました。」
「それで?」
「試しに、君の名前を出して、知っているかと訊ねたんです。」
「そうしたら?」
「3人中、2人が知っていると答えました。」
「えっ?・・・・そんなに?」
「一体誰が? と思われるでしょう?」
哲司は、一体誰が? というより、父親がどうしてそんな事をしたのかが分らないのだ。
(つづく)