第3章 やって来たパパ(その65)
「実は、ここのシェフは、ある老舗旅館の息子さんなんです。
いずれは、そこの経営者になるだろうと言われているんです。
つまり、今の彼女は、将来はその老舗旅館の女将さんになるんです。
まぁ、順当に行けば・・・との前提ですが。」
「ほう、・・・・それは、また、凄いお話ですねぇ。」
哲司は、その話を聞いて、初めて彼女の存在を意識した。
確か、哲司と同い年だとか。
そのことを最初に聞いたときにも大した感慨は無かったが、ここに来て「将来は老舗旅館の女将になる」ということを聞いて、同い年なのに、どうしてそれだけ違うのか?という単純な落差に気が滅入る。
「それでね、訊いてみたくなったんです。」
「何を、です?」
「う〜ん、ですからね・・・・。
そうした老舗旅館ですからね、当然に、実家としては彼の奥さんのことは非常に気になる事なのですよね。
資質と言うか・・・・・。」
「なるほど、・・・・。それで?」
「きっと、彼の実家では、彼女のことは調べたんじゃないのかと。」
「ああ・・・・・、興信所・・・ですか?」
「興信所?・・・・君もまた、古い言い方をご存知なんですねぇ。」
「探偵社です。」
哲司は、慌てて言い方を替えたが、実際には冷や汗をかいていた。
興信所と言おうが探偵社と言おうが、単に呼び名の違いだけで、内容的には同じものだ。
だが、確かに哲司の世代で「興信所」という言い方をする人間は居ない。
「探偵社」または「私立探偵」というのが普通だ。
それを「興信所」と言ったのは、明らかにあのマスター、つまり奈菜の祖父が口にした言い方が頭に残っていたからだ。
それを察知されたのでは・・・との思いがあって、冷や汗が出たのだ。
「それでね、そうされたことを彼女が知っているのかどうかを確認してみたかったんです。」
父親は、それが、結果としては問い質せなかった中身だと説明をする。
「う〜ん、・・・・でも、そうしたことって、本人にはなかなか分らないものではないんですか?
お父さんも、僕のことをお調べになったんでしょう?
でも、僕は、そうされたことにまったく気がつきませんでしたからね。
仮にそうした事実があったとしても、彼女がそれを知っているという保証は無いんじゃないのかと・・・・。」
哲司は、結果的には、そのような質問をしなくて正解だったと言いたかった。
(つづく)