第3章 やって来たパパ(その64)
一度は、「失礼なこと・・」だと断りをしつつも、彼女に訊いてみたいことがあった筈なのに、いざとなって、奈菜の父親はその質問を切り出せないでいる。
この彼女の年齢は丁度哲司と同じだと言っていたから、そうした世代の意見を聞きたかったのかもしれないとは思うのだが、そこまで言ったのに、どうして本題に入らないのかは不思議な感じがする。
「まぁ、止めておきます。
余りにも突拍子でもない事ですから・・・・。」
父親は、そのように釈明をして、結果的にはその訊きたかったことを口にはしなかった。
彼女のほうは、そんな事には頓着しないかのように、淡々と珈琲を入れていく。
ただ、「突拍子でもない・・」という言葉の時には、ふと手が止まったような気がする哲司である。
2人分の珈琲を入れ終わって、先ほどと同じようにして2人の前にそれぞれ珈琲を置いた。
そして、飲み終えた最初のカップをそっと積み重ねるようにして、押してきたワゴンの中へ回収した。
「では、ごゆっくり。」
一礼をして、彼女が部屋を出た。
その音が遠ざかるのを待ちかねたようにして、哲司が口を開いた。
「先ほどは、何を訊こうとされたんです?」
「あははは・・・・・。格好の悪いところを見られたなぁ。
で、でも、大したことではないので・・・。」
父親は、その内容を哲司に話す気はないようだ。
新たに入れてもらった珈琲に、砂糖を入れてかき回している。
「今回の、奈菜ちゃんの話に無関係ではないでしょう?」
哲司は、根拠は無いのだが、ほぼそれに間違いは無いだろうという確信があった。
全てを計算してから動く父親が、あの質問だけは、まったくの思いつきで口にしたように思えるのだ。
と、言うことは、少なくとも哲司との話しに無関係ではない筈。
ただ、何かの拍子に、ふと彼女に訊いてみたくなったのだろうとの読みである。
「う〜ん、君も、なかなか鋭いですねぇ。
いゃあ、参ったなぁ。」
奈菜の父親は、哲司の目を真正面に捉えてから、おもむろに手元に視線を落としてそう言った。
「・・・・・・・・・」
哲司は、黙っていた。
ここは何も言わず、父親が何らかのアクションを打ってくるまでは我慢をしようと考えていた。
「う〜ん、彼女、先ほども言いましたけれど、近々、ここのシェフと結婚するんですよね。
それでね、・・・・・。」
父親は、ここで珈琲を一口飲んだ。
(つづく)