第3章 やって来たパパ(その62)
「家内は、どちらかと言うとやや神経質な性格でした。
寝ていても、僅かな物音にも反応するような女性で、火事などが起これば真っ先に気がついたのではないか。そう思うんです。
同じ2階で、確かに部屋は別だったそうですが、奈菜が気がついたのに家内がまったく気がつかなかったというのは、どう考えても信じられんのです。」
「・・・余程、深く眠られていたとか・・・。」
「・・・それは、よく分かりません。ですが、警察の調べでは、寝ていた状態で死亡していたそうです。
つまり、火事には気がついたのだけれど、逃げ遅れて死亡したというのではないんです。
最期まで、火事を知らないで死んだような・・・。」
奈菜の父親は、手元の珈琲カップを覗き込むようにしながら、当時の話をする。
「・・・・・・・・・・」
哲司は、そのような話を聞かされると、当然のように推理小説のようなことを考えてしまう。
火事は事故だったと聞かされてはいるが、今、父親が話した内容が事実だとすれば、多少の疑問も沸いてくる。
だが、そう簡単に口に出せるものではない。
「先ほども言いましたが、その火事があった当時、私はヨーロッパにいましたのでね。そうした事後処理などは実家の両親に任せざるを得なかったんです。
出張の日程を切り上げて3日後には帰国したんですが、その時には、もう殆ど全てが終っていました。
後は、家内の葬式だけで・・・・。」
「タイミングが悪かったんですねぇ。」
哲司は、意味も無くそう言った。そのつもりだった。
「君も、そう思いますか?」
父親は、哲司の言葉に何らかの期待を込めるようにして、そう言った。
「はい、外国に行っておられたのですから、仕方が無い事だと・・・。」
哲司は、そう切り替えされたことに驚きがある。
「そうなんですよね。
それまででも、私は出張で家を空けることは度々あったんです。
そのヨーロッパ出張も1週間の予定でしたけれど、国内の出張だと、1ヶ月ほどの場合も多々あったんです。
それでも、その時のように、家内が実家に帰りたいなどと言った事は1度も無かったんです。
家内は、結婚後、実家に顔を出すこともあまりしない方でした。
たまには帰ってあげたら・・・、と言ったら、そんなに1人になりたいの?と逆襲されたぐらいですからね。」
「じゃあ、本当にたまたまの偶然が重なったんですね。」
「う〜ん、どうなのでしょう。
偶然だったのか、必然だったのか・・・・。」
哲司は、どうして父親がこのような話をするのか、まったく分っていない。
(つづく)