第3章 やって来たパパ(その53)
奈菜の父親は、既に父親の顔はしていなかった。
遠い昔の小学生時代の夏休みを思い出しているうちに、どうやら子供の時の自分に戻っているようだ。
「じゃあ、そんな頃から、シェフになりたいという夢がおありだったんですか?」
哲司は、多少は悪戯したい気持になって、そんな意地悪な質問をぶつけてみる。
「う〜ん、どうなんだろう。
その当時は、まだシェフという言葉も知りませんでしたからね。
ただ、先ほども言いましたように、台所、つまり料理を作る場所への憧れは強かったと思います。」
「そんな子供さんだったのが、どうして後楽園球場で野球を見ていてフランスへ行きたくなられたんです?」
「そうそう、そこなんですよね。
話がとんでもないところで脱線してしまいましたが・・・・。
その小学校最後の夏休み以降も、なんやかんやと理由をつけてはその親戚のところへ遊びに行ってました。
もちろん、狙いは店の調理場でしたが。
それでもね、ただ漠然と、面白い、楽しいとは感じてはいましたが、それを将来の仕事にしようとは意識していなかったんです。
遊びというか、趣味の範疇では取組みたいとは思っていたのですが、その道のプロになろうとは考えてはいませんでした。
ところがですね、それから随分と時間が経った大学のときです。
友達と、その後楽園球場に野球を見に行った時にですね、今までは別のものだと割り切っていたものが、ふと大きなうねりを起こすかのように混沌と混ざってしまったんです。」
「それが、野球を見ていて、ですか?」
「はい、そうなんです。
さっきも言いましたけれど、野球が好き、サッカーが好きと言っても、実際にプレーヤーとしてグランドに立っている人と、それを取り巻くようにしている観客、つまりは見るのが好きという人とでは、自ずからその好きの度合いにも大きな違いがあるのに気がついたんです。
野球の選手、とりわけプロと言われる選手は、野球が嫌いではない筈です。
でも、好きだったら誰でもがなれるものかと言えば、決してそんなことはありませんよね。
しかも、プロには1軍2軍がある。
そこで、他の選手との競争に打ち勝ってこそ、1軍の登録選手になれるんです。
それでも、常に控えの選手としてベンチを暖めることも多いと聞きます。
ピンチヒッターとか、レギュラー選手の怪我など、ほんのたまに巡ってくるチャンスを物に出来る選手だけが、やがてレギュラー選手としての地位を認められるのです。
その上で、お客さんから期待される成果を残せる選手だけが、一流選手、つまりスター選手として脚光を浴びるんですね。」
奈菜の父親の熱弁は、当分終りそうにない。
(つづく)