第3章 やって来たパパ(その52)
「それなんです。フランスへ行こうと思ったのは。」
「????」
「あはは、訳が分らないことを言ってますよね。
自分でもそう思いますから。」
奈菜の父親はそういって、うふふと声を出して笑った。
「はい、本当に、訳が分りません。どういうことです?」
哲司は少し腹が立ってくる。
「私は、どういうわけか、小さいときから台所へ入るのが好きでね。
別に、つまみ食いがしたいからではなくて、鍋やフライパンに材料を入れて火にかけると、まもなく想像も付かなかったような美味しい料理が出来てくる。
あれが不思議でねぇ。
一体、母親はどんな手品を使って、あのような料理を作るのか、それが知りたくて仕方が無かったんです。
でも、母親には邪魔者扱いされるし、父親に至っては、男は台所に立つもんじゃないとまで言われました。
その挙句には、両親が相談したのだろうと思うのですが、台所への立入禁止令が出たのです。
それも、私にだけ。
他の兄弟には、そんなものは出されませんでした。
それで、致し方なく、ある手を考え出したんです。」
「へぇ?・・・夜中にこっそりとですか?」
「いえいえ、そんな姑息な手ではありません。
確か小学校の6年生だったと思いますが、夏休みにアルバイトをすることにしたんです。
もちろん、お金が目的ではありません。」
「どんなアルバイト?」
「親戚で洋菓子を作っている店がありまして。
その家のお手伝いをしたいと申し出たのです。
大好きな調理場に正々堂々と入れるでしょう?
もちろん、そうした私の本音は隠したままですが。」
「OKが出ましたか?」
「夏休みの宿題に、体験日記というものがありましてね。
それを書くのに、何かをしないとネタがないから、と言ったのです。
両親も、そうした社会経験は大切だろうと、父親からその親戚に話をしてくれたんです。
かわいそうに、その頼まれた家は分家筋にあたるところでしたから、本家筋の私の父親から頼まれれば断ることが出来なかったんだろうと思います。
話しは、すんなりと纏まりました。」
「それで、その洋菓子のお店へ?」
「はい、夏休みの半分以上は、その親戚に泊り込んで、毎日お店へ行ってましたよ。
いゃあ、楽しかったですよ。
勉強しているよりも、ずっとずっと好きでした。」
(つづく)