第3章 やって来たパパ(その49)
「必要となれば、働いていますよ。今でも。」
哲司は、「君は働いてはいない」とでも言われたような気がして、そう反論をする。
「確かに、働くという字は、人偏に動く、と書きます。
でも、これは動けば良いというものではなくて、人として動く、ということなんだと思うんです。
自分の意思も大切ですが、社会全体から、誰しもが、人として動くことを期待されているんです。」
奈菜の父親は出来る限り分かり易くと考えるのか、ゆっくりとした口調で、なおかつ感情をあまり入れないようにして淡々と話す。
「でも、働くのは、誰のためでもなく、やはり自分の為でしょう?」
哲司は、この部分だけはどうしても譲れない。
「第一義的にはそうかもしれません。
その点は、昔から言われているように、やはり食べるためというのが順当でしょうね。」
「そうでしょう?・・・・誰の為にではなくて、やはり自分の為でしょう?」
「う〜ん、そう言い切れるものなのでしょうかねぇ。
だとしたら、君は、必要となれば働いていると言われましたけれど、それは自分にとって必要だからですか?」
奈菜の父親は、身体を乗り出すようにして確認をする。
そこが聞きたいのだ、とでも言いたげである。
「・・・・・そんなことは、当然ですよね。
誰だって、他人のために働いたりはしないでしょう?」
これが哲司の持論である。
「やはり、お金ですか?」
「もちろんです。」
「じゃあ、仮にお金が沢山あれば、君は働いたりはしない?」
「はい、そうですね。」
「と、言うことは、言い方を替えれば、遊んで暮らす?」
「・・・・はい、そうなりますね。
でも、それは、皆が望んでいることじゃないですか?
誰だって、遊んで暮らしたいと思っているでしょう?」
ここまで言って、哲司は何とも不思議な感覚に陥った。
奈菜の父親との会話を続けていて、自然とここまで流れてきたのだが、どうも自分で言っていることが、どこかで自分自身を裏切っているような気がしてくる。
「では、今の状態は、遊んで暮らしているのではないと?」
奈菜の父親は、手にした珈琲カップを口に運びながら、そう訊いた。
その目は、じっと哲司を見据えている。
(つづく)