第1章 携帯で見つけたバイト(その15)
それでも山田は返事もしない。
哲司はもうそれを見越していた。
いくらここで腹を立てたとしても、自分にも得にはならない。
山田本人が言っているのが本当で、こうした引越しのバイトが初めてならば、ほっておけば必ずドジを踏む。
それは断言できる。
そして、その理由も分っている。
それと、あの香川とか言う主任もそうだ。
哲司と山田に向って、「こうしたバイトの経験があるのか?」と訊いている。
それは当然だし、マニュアルにもそれを確認するように書いてあるだろう。
そこまでは良かった。
そこで、2人ともが「初めてだ」と答えているのだ。
哲司の場合は嘘をついたものだが、山田は本当に初めてなのかもしれないのだ。
だったら、この作業をさせるに当たって、もうちょっとしっかりとした明確な指示を出すべきなのだ。
そりゃあ、何があってご機嫌が悪いのかは知らないけれど、「初めてです」というバイトに、ただ「このゴミを袋に入れろ」だけでは明らかに指示ミスである。
哲司はこの作業でラッキーだったと思う。
山田には、ここまで無視をし続けてきてくれた「恩返し」をしてやる。
そして、香川主任には、その指示ミスによる結果責任を取らせてやる。
そうした思いが、沸々と心の底から沸きあがって来るのだ。
「じゃあ、半分ずつやろう。
真ん中から向こう側とこっち側を分けよう。
どっちを取る?」
哲司は、意識的に柔らかい口調でそう言う。
後で山田からクレームを付けられないように、どちらを選ぶかの選択権を与える。
自分自身はどちらでも構わないと思っている。
ゴミの量の問題ではなく、ともかくも一緒にやりたくないだけだ。
共同責任にしたくないのだ。
そこまで優しく言っているのに、山田はまたまたま何も答えない。
ただ、山のように積まれたゴミの山を呆然と眺めているだけのように見える。
「・・・・答えないのであれば、勝手に決めるよ。
後で文句は言うなよ。」
哲司は最後の一言に力を入れて言う。
「うん。」
ようやく、山田が答える。
「じゃあ、僕は真ん中から向こう側をやる。
君は、真ん中からこっちだ。
いいな。」
哲司はそう言って、もう動きはじめる。
その「真ん中」の境界線を自分で決めるためだ。
「ここが中央だろう。
ここから向こうは僕がやる。
そして、ここからこっちが君だ。
いいな。」
哲司は最後通告のつもりで山田の顔を見る。
山田は突っ立ったままで、首を縦に振った。
(つづく)