第3章 やって来たパパ(その47)
確かに、高校、実際に行ったのは工業高校だったが、そこへ入学するときに「自分の意思」だったかと問われれば、明らかに「NO」と答えるしかない。
「何らかの理由があって、その工業高校へ行こう、行きたい、と思ったんではないんですか?」
奈菜の父親は、哲司が周囲に流されるようにして高校へ通うことにしたのを知っていて、そのように逆説的に聞いているような気がする。
「まぁ、特に強い理由があったのではありませんけれど・・・・。」
哲司はギブアップする。
ここで、いくら頭を捻ってみたところで、この父親を納得させるだけの説明などできる訳もない。
「それでも、中学を卒業して、直ぐにこれをやりたいと言うものも無かったのでしょう?」
「まあ、・・・・。」
「それは、君だけではなくて、他の中学生の殆どが、明確な理由がないままに高校へ進学しているんだと思いますよ。
ですからね、それを責めているんじゃないんです。
戦後まもなくの時代のように、食べるものを確保するために兎に角働くっていう時代でもありませんし、ご両親がきちんとお仕事をされておれば、衣食住は保証されているんですからね。
それだけ、これからの人生に自由度がある、素敵な時代になったんだと思いますよ。」
「自由度?」
哲司は、奈菜の父親から「自由度」という言葉が聞けるとは意外だった。
「そうです。自分の人生を決められる自由度が増したんです。」
「自由度ねぇ?」
「そうは思いませんか?」
「自由になったとも思えませんが・・・。」
「一昔前と比べると、雲泥の差ですよ。」
「ウンデイノサ?」
哲司は、その言葉を知らなかった。
どこかで聞いたことがあるようにも思うのだが、その意味も、どのような字を書くのかも分らなかった。
「空の雲と地上の泥ほどにかけ離れているという意味です。
つまり、昔とは大違いになったということですよ。」
父親は、哲司にそのように解説をした。
「そんなに、自由っていいものですか?」
哲司は、暗に「君は自由に生きている」と言われているような気がして、少し抵抗してみたくなる。
「自由にする」と言えば「身勝手な」と切り返されることの多い哲司にとっては、「自由」の意味すら理解できない状況に陥っている。
(つづく)