第3章 やって来たパパ(その45)
「どんな仕事でもいい。ちゃんと就職して。」
工業高校を卒業するときにも、両親は口を揃えてそう言った。
哲司は、嫌いだった勉強をしなくてもよくなるという開放感に浸っていて、「卒業したらどうする?」という学校や両親の話をうわの空で聞いていた。
高校に在席していることが目的で入学したようなものだから、その4年間をこれからの自分にどのように生かしていくべきか、などといった高等なことは考えていなかった。
ただ、全寮制だったこともあって、うっとうしく思っていた両親からのいろいろな拘束から逃れられるようになったことだけが、進学して良かったと思える唯一の事柄だった。
「だから、君も、高校卒業して直ぐは、ちゃんと勤めていたんでしょう?」
奈菜の父親は、その事実を引っ張り出してくる。
哲司の過去を調べたようだから、そうしたことを知っていたとしても驚きはしないが、わざわざ、こうした話をしているときに持ち出さなくてもいいのに、とは思う。
「はい。でも、それも僕が積極的に望んだものじゃあないんです。」
「じゃあ、君は、その時点ではどうしたかったの?
まさか、自宅へ戻って、ご両親に食べさせてもらおうなんては考えてなかったのでしょう?」
「それは・・・・そうですけれど。」
「具体的に、こんな仕事がしてみたいとか、そう言った希望ってのはなかったの?」
「う〜ん・・・、どうなんだろう?」
「自分のことですよ。」
「そうですよねぇ。・・・・でも、そうした具体的なものってのはなかったと思いますね。」
「じゃあ、その電気屋さんも、学校かご両親の勧めで?」
「それは、学校ですね。推薦状を書くからと・・・。
それに、どうやら毎年卒業生の何人かはそこへ行ってたようですから。」
哲司は、その当時の進路指導の教師の顔を思い浮かべた。
そう言えば、鬼瓦みたいな顔をした教師だったが、どちらかと言うと親分肌で、少々の事では生徒を叱ったりはしない教師だったが、それだけに、ここぞという場面での迫力は凄いものがあった。
「おい、他に行くところがないのだったら、この会社にしておけ。
社長も我校のOBだし、非常に家庭的なところだ。
仕事も、一から教えてくれる。
な、そうしておけ。悪いようにはせん。」
その進路指導の鬼瓦教師の一言で、哲司は何となく「そうなのか」と思った記憶がある。
そして、その場で、実質的な就職先が決まったようなものだった。
「だったら、どうして、大学へ行かなかったの?
そうすれば、もう少し視野も広がって、仕事の選択肢も増えたんじゃないのかなぁ。」
奈菜の父親は、自分の場合と比べているのか、そんなことを言い出した。
(つづく)