第3章 やって来たパパ(その41)
「冗談なんかじゃありませんよ。本気です。」
奈菜の父親は、本気でこの店のスタッフを招待するつもりのようだ。
突然の提案を受けた彼女のほうが狼狽している。
「ええ、・・・まあ、・・・・。」
それ以上の言葉が出てこない。
それで、その話題については、どちらからも触れなくなった。
彼女のほうは、せっせと珈琲を入れることに専念して、一方の奈菜の父親はそのまま手帳のスケジュールを日単位に確認をしているようだった。
哲司は黙ったままで、その様子をじっと見守っていただけである。
珈琲が出来上がって、哲司の時と同じようにして、彼女は父親の前に珈琲カップをきちんと置いてから、一礼をして部屋を出て行った。
「本当に?」
哲司が中途半端に口を開いた。
彼女がいるときには訊けないことと、じっと我慢をしていた疑問である。
「何がです?」
奈菜の父親は、どのことを言われているのか分っているようだったが、敢えてそのように惚ける。
「いえ、さっきの話です。」
「ああ・・・・、2人を招待するっていう話?」
「はい。本気で?」
「うん、・・・・ある意味、本気ですよ。」
「ある意味?」
「はい、彼女が言ったことに対してではなくて、別の意味で、2人を招待したいと思っただけです。」
「・・・・・・・・・・」
そのように言われてしまうと、その別の意味が知りたくなるものだが、現在の哲司の立場でそれを問い質すことはできないと思った。
だから、そのまま、また黙ってしまう。
「植山君というのは、ここのシェフなのですが、腕は超一流でね。」
そうした哲司の思いを感じてか、父親が世間話でもするかのような口調で、話し始めた。
「でも・・・・、さっき、・・・・。」
「ああ、私の料理を食べたいという話しねぇ。あれは、お世辞ですよ。
彼ほどのシェフが、そうしたことを言う筈はありませんよ。」
「だったら・・・・どうして?」
それが分っているならば、どうしてあんなことを言ったのか?
哲司は、素直な気持で、そう思う。
「彼ら2人、結婚するつもりのようなのです。」
奈菜の父親は、話の中身が次第にとんだ方向に行っているのを困惑するかのような顔を見せたものの、断定的な言い方でそう言った。
(つづく)