第3章 やって来たパパ(その38)
「どうです?」
奈菜の父親は、哲司の感想を求める。
「はい。美味しいです。
ミルクを入れると、何か珈琲が薄くなるような気がしてたんですが、必ずしもそうではないことがよく分かりました。
やはり、食わず嫌いはダメなんでしょうね。」
哲司は、そう言って、肯定的に返事をする。
「ねっ!・・・・・。」
父親は、嬉しそうににっこりと笑った。
「では、また後ほど、お時間を見計らって参ります。」
珈琲を入れてくれた女性が、2人に軽く頭を下げてそう言った。
父親の食事がまだ済んでいないから、それが終る頃を見計らって、再度来ますとの配慮のようだ。
ドアの方へと移動する。
「前園さん、ごめんなさいね。
もう少しは早く食べられると思ったんですが・・・・。」
父親は、そう言って、申し訳なさそうに会釈する。
「いえ、とんでもございません。
どうぞ、ごゆっくりなさってくださいませ。」
前園と呼ばれた女性は、ドアのところで一度振り返って、そう言ってから、また頭を下げて部屋を出て行った。
「年なんですかねぇ。最近は、昔のように、一気にかき込む様にしては食べられなくなりました。」
父親が自嘲気味に言う。
「いえ、僕の配慮が足らなかったんです。
本当に、申し訳ないです。」
哲司は、本心からそう言えた。
確かに、自分の珈琲を頼むときに、父親の分をどうするかは本人に確認をした。
日頃の哲司にはない気を遣った行為だった。
「一緒に頼みましょうか?」と訊ね、「じゃあ、そうしてください」との答えを貰ってから「2人分」の注文に至っている。
だが、それは、市中の一般的なレストランでは通用しても、こうした顧客思考のレベルの高い店では逆の効果を伴う場合もあることに気がつかなかったのだ。
「電話で受けてくれたのは、今の彼女でしょう?」
父親は、話題の方向を変えてきた。
「ええっと・・・・・。」
哲司には、自信が無かった。
今日、初めて来た店である。
しかも、電話でのやり取りもほんの数十秒である。
確かに、礼儀正しい対応だとは思ったものの、その声に極端な特徴があった訳ではないから、電話の女性が今来ていた女性と同一人物かどうかは分らなかった。
「前園って言いませんでした?」
奈菜の父親は、哲司の頭の端に残っていたひとつのキーワードを探し当てていた。
(つづく)