第3章 やって来たパパ(その30)
「もう少しで出来ますからね・・・・・。」
父親は、まるで自分の友達を招待して自宅でステーキ料理を振舞うような口ぶりである。
「何度も言うようですが、お父さんは、今日、最初からこのお店に僕を連れてこようとお考えになっていた。
そうですよね?」
あまり楽しそうにやるので、つい席から立って鉄板の近くまで行った哲司が雑談の延長のように訊く。
父親は、口では答えないで、その場で大きく2度頷いて見せることで、それに答える。
「じゃあ、最初から、ご自分で料理されるおつもりだったんですか?」
「いえ。」
「じゃあ、どうして?」
「・・・う〜ん、君ともっと話したくなったから、かな?」
「ん?・・・どういう意味ですか?」
「その通りの意味しかありませんよ。
君と、もっともっと、いろいろな話がしてみたくなった。
そのように言うと、ご迷惑ですか?」
「いえ、そんなことは・・・・。」
肉が焼きあがったらしく、ますますうまそうな匂いが強くなる。
「すまないけれど、そのお皿2枚、こっちに持ってきてくれませんか?」
奈菜の父親は、哲司の近くに積み重ねてあった大きな皿を指差してそう言った。
哲司としても、抵抗する気はない。
素直に、「これですか?」と確認をしてから、それを父親のところへ持っていく。
「もう少ししっかりと焼いたほうがいいですか?」
父親は、鉄板の上でジュウジュウと音を立てている大きなステーキ肉を見せて聞いてくる。
「お任せします。僕には分りませんから。」
哲司も自然とそう答える。
ステーキ肉の焼き方で、どの程度のものが自分とって最も旨いと感じるのかさえも知らないのだから、任せる意外に手はない。
要は、口に入れて、旨いと思って食えれば大満足なのである。
「じゃあ、お任せいただくとして、ワインで香り付けしておきますね。
この程度じゃ、酔っ払ったりはしませんから。」
父親は、笑顔で饒舌になってきている。
料理を作ることと、傍にいる哲司との自然な会話を楽しんでいるように感じる。
「それでは、お客様、どうぞお席にお付きになってください。」
大きなステーキが、鉄板から白い皿に移されていく。
(つづく)