第1章 携帯で見つけたバイト(その13)
哲司は黙っている。
同じように山田も押黙っている。
哲司は「そう言われても答えようが無い」と思っての無言だが、隣の山田がどのようなつもりなのかは知ったことではない。
ただ、こうして挑発的な言葉に対して一言でも答えようものなら、その後辛い事が待っているという現実は、今までのバイト生活で嫌というほど体験してきていた。
だから、「黙っていたほうが得策だ」との判断がある。
「まぁ、仕方ないな。社員だけじゃ間に合わんのだから。」
責任者の香川は渋い顔をしながらも2人にさせる作業を考えているようだ。
「な、頼むから、こいつと一緒というのだけは堪忍してくれ。」
哲司は心の中でそう祈った。
この山田とだけはペアでやりたくは無かった。
どうしてだ?と問われても、明確に説明できる事ではないが、兎も角も傍にいるだけでも嫌だと感じる。
強いて言えば「生理的な嫌悪感」がある。
「こっちへ来い」というような仕草をして、香川主任が室内を移動する。
2人も黙ってついていく。
だが、積極的な動きではない。「仕方なしに」というのが顕著に現れる。
壁際に建ててあったスチール書棚が動かされていて、その背後には狭いスペースが出来ていた。
そこには、不要となったのであろう、いわゆるゴミがかためられてあった。
それを見た途端に、哲司はこれから言われる作業が想像できた。
何度かこうした引越し作業のバイトをやった経験からである。
「ここにあるのはな、ゴミだ。
引越し荷物から除外されたものだ。
つまり、持って行っても役には立たんから、捨てて行くって言われたものだ。」
香川主任は、くどいほどに同じ意味の言葉を投げてくる。
「丁度、君らと同じだ。」
香川は平然と言う。
さすがにこの言葉には哲司もカチンと来た。
やや距離を開けているものの、主任の後ろに立っているのだ。
ここから殴りかかれば、確実に倒せる位置にいる。
携帯ゲームで言えば、1ジャンプで最後の留めを刺せる立場にいるのだ。
これでこのステージをクリアできる。
そうは思うものの、もちろん実行できるはずは無い。
ここは、携帯画面にある三次元の世界ではない。
第一、クリアしてしまったら、元も子もなくなる。
握った拳に多少は力が入ったものの、そ知らぬ顔で主任の後頭部を睨みつけるだけである。
「いいか、あそこに頭陀袋がある。ドンゴロスだ。
あれに、ここらのものを全部詰め込んでくれ。」
香川主任が顎で指し示すようにして言った。
(つづく)