第3章 やって来たパパ(その27)
「その話は、是非、また後で聞きたい。」
奈菜の父親は、どうしてか「継続」を希望した。
だが、ボーイの後ろからもウエイトレスなど数人が食材などを入れたワゴンを押してやってきたものだから、さすがにこの場では「暫しの休戦」をするつもりのようだ。
「田崎様、本日はお飲み物はいかが致しましょう?」
チーフ格の男が訊く。
「巽さん、ワイン、飲みますか?」
父親が哲司に訊く。
「いいえ、僕は結構です。」
哲司はアルコールを口にする気にはなれない。
そのやり取りで答えが分ったのか、男は頭をひとつ下げて引き下がった。
鉄板を乗せたワゴンがやってきた。
どうやら、この場でステーキを焼いて食べさせるようである。
その鉄板の上に肉などの食材を置けば、直ぐにでも焼けるように準備されているようだ。
「では、お後はお任せいたしますので、何かございましたら、お電話を。
失礼致します。」
チーフ格の男がそう言って部屋を出て行く。
他のスタッフもその後に従う。
「えっ?・・・一体、どういうこと?」
哲司は訝った。
てっきり、これから料理をするコックがやってきて、その場で並べられた食材を焼いてくれるものと思っていたからだ。
だが、何しろ勝手が分らないのだから、何とも言い出せはしない。
すると、奈菜の父親がワイシャツの袖を捲り始めた。
そして、席を立って、横に準備されていた大きな前掛けのようなエプロンを頭から被るようにして着た。
「僕が焼きますからね。」
父親は、得意げな顔で言う。
「ええっ!・・・・お父さんが、ご自分でやられるんですか?」
「あははは・・・。こう見えてもね、大学時代にはシェフになりたくて、料理を勉強しにフランスやイタリアへも行ったんですよ。
そうは、見えないと思いますけれど。」
「う、嘘〜!」
哲司は、別に疑って口にした言葉ではない。
今時の若い世代は、一種の感嘆詞として「うそ〜」を口にする。
それが素直に出ただけである。
「これでもねぇ、若いときには、それなりの夢って見てたんですよ。」
父親は、鉄板の傍に立って、目を輝かせて言う。
(つづく)