第3章 やって来たパパ(その24)
「だったら、どうして、これからも奈菜と付き合うなどと言うんですか?」
父親は、哲司に向かってそう訊いてくる。
非常に常識的な質問である。
「あの子のお腹にいる子が君の子ではない、と思うのであれば、そうした相手と付き合うっていうのが信じられんのです。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「言わば、浮気をしたのと同じだとは思わないんですか?
男は、自分の子供でない子を宿した女は、憎しみの対象とはなっても、恋愛の対象にはならないでしょう?
それなのに、君は、まだこれからもあの子と付き合っていくと言う。
訳が分らんのです。」
奈菜の父親からすれば、お腹の子が哲司の子だと思うから付き合いを続けるのではないか、との疑惑が強いようだ。
当然ではある。
「う〜ん、僕もそれが自分で不思議な気がするんです。」
「どういう意味?」
「繰り返しておきますが、奈菜ちゃんのお腹の子は僕の子では断じてありません。
ですから、誰なのかは分りませんが、僕以外の男の子供であることは間違いがありません。
それを聞いたとき、常識的には、奈菜ちゃんへの嫌悪感が生まれるだろうと自分でも思いましたし、それが、つまり、そのことだけで奈菜ちゃんとの恋愛感情は消滅するだろうと思っていました。
でも、それを聞いても、・・・・・・どう言えばいいのでしょうか、・・・・こん畜生だとか、憎たらしいとか、裏切られたとかといった感情がまったく出てこなかったんです。」
哲司は、自分でもその問いに自らの答えが欲しかったぐらいだ。
どうしてなのか、と問われても、まったく説明する術がない。
「こんな言い方をして悪いんだけれど・・・・・。」
父親は、2人しかいない部屋なのに、周囲を気にする様子を見せる。
そして、声を極端に小さくして訊いて来る。
「君とあの子は、そういう関係には一度もなっていないっていうのは本当?」
哲司も、その訊き方に呼応するかのように、黙って大きく頷くだけで答える。
今更、改めて言葉にする必要もないと思っている。
父親は、天を仰いだ。
座っていた席で、身体全体を背もたれに押し倒すようにして、顔だけを天井に向ける。
まるで、天井の何かを睨んでいるかのようだ。
「じゃあ、どうしてあの子は本当のことを教えてくれないんだ。
私は、あの子が本当のことを言えないのは、きっと君に言い含められているからだと思っていたんだ。
だから、今日、ここでいろいろと話をすれば、そうした背景が自ずと明らかになってくるだろうと考えていた。
でも、君の話しが本当だとすれば、あの子が本当のことを言えないのは、どういうことなのか。
また、最初のところへと戻ってしまう。」
大きな溜息が部屋中に響いた。
(つづく)