第3章 やって来たパパ(その20)
「変に思われるかもしれませんが、僕は一度だってそうした呼び方をされたことは無いんですよ。奈菜ちゃんに。」
「ん?・・・つまり、“てっちゃん”とは呼ばれていないと?」
「はい。」
「・・・まぁ、でも、それはあの子がそのように呼びたいと思っていてのことでしょう。
親しくなれば、やはり愛称で互いを呼びたくなるものでしょうからね。」
哲司がこのように説明をしているにも関わらず、父親はあまり気にしていないようだ。
単に気持の中にあった「愛称」が口をついて出ただけだとの認識である。
「でも、それって、どこかおかしくはないですか?」
哲司は、それでもその部分に拘る。
「どこが?」
「相手が叔母さんであっても、やはり他人でしょう?
そういう人に、自分が日頃から口にしていない愛称を言うでしょうか?
仮に、そう呼びたいという希望があったとしても、第三者にその人物のことを伝えるのに愛称は使わないものだと思うんです。」
「う〜ん、つまり、君は、その“てっちゃん”なる人物は自分ではなくて、また別にいる、とでも言いたいの?」
「必ずしも、別人がいるとは言いませんが、もし、本当に僕のことを指して“てっちゃん”と呼んだのだとしたら、それは奈菜ちゃんが何かを意識したとしか思えないんです。」
「何を意識したと・・・・?」
「それは、僕にも分りません。」
「でも、それはあくまでも君がそのように思うだけで、何の合理的な説明にはなりえない。
そうでしょう? 違いますか?」
父親は、哲司がその部分に拘れば拘るほど、何かそこに隠したいものがあるのだと捉えているようだ。
哲司の思惑とは逆に作用している。
「君の言い分を聞いていると、あの子と出会ったのは昨年の12月で、付き合っているという状況ではない。
したがって、あの子のお腹の子も断じて君の子ではないと。
そういうように聞こえるんだが。」
奈菜の父親は、そのようにまとめた言い方をする。
「はい、その通りです。」
哲司もそれは自分が言い続けてきたことだから、素直にこれを肯定する。
「でも、どれもこれも、何の確証もないことで、私としては、“はい、わかりました”とはならない。そうでしょう?」
奈菜の父親は、そういう言い方で哲司の説明を全面的に却下する。
そして言葉を続ける。
「現に、あの子は妊娠をしている。
当然に、その相手が誰であるのかは、あの子は分っている筈。
それでも、はっきりとしたことを言わないのは、その相手から何らかの圧力を受けてるからに違いない。
私は、そのように思っているんです。」
(つづく)