第3章 やって来たパパ(その19)
哲司もまだ奈菜の日常生活やその環境といったところまでは知らない。
だから、日頃から几帳面で、母親から貰ったという財布などをテーブルの上に放り出す性格ではない、と言われても、肯定も否定も出来ない。
だが、その妊娠の事件が明るみに出るきっかけとなったその場面のことについて、当事者の奈菜が一切の説明も言い訳もしないってことは、やはりどうしても納得が行かない。
「それで、その病院を紹介した叔母さんが、奈菜ちゃんから僕の名前を聞いたと言われるのですね。」
哲司は、話の出発点に戻そうとする。
「そう、そう。」
父親は、多少虚ろな眼をしながら、哲司の問いに頷く。
「でも、それは、お腹にいる子の父親がこの僕だって断定した話ではないのでしょう?」
哲司は、どうしてもそこに拘る。
「妹は、奈菜が妊娠したのではないか、とは思ったそうですが、何しろ、病院を教えただけで、あの子がひとりで行ったんだそうです。
ですから、その診察の結果は知らなかったんです。」
「なるほど・・・。」
哲司は、その時の奈菜の心境は理解できる気がする。
例え、信頼できる叔母であっても、自分が妊娠しているかどうかを確かめに行くのに同行させる気にはなれないだろう。
「それでも、やはり同じ女性なんですな。
病院から戻ってきたあの子の顔色を見て、これは・・・と思ったそうです。」
「奈菜ちゃんが妊娠しているだろうと?」
「ええ。
それでも、本人からその結果については何も言わなかったものですから、妹からは切り出せなかったんだ、と言ってました。」
「それで・・・・?」
「それで?
ああ・・・・、それで、それとなく話を聞きだそうとして、“好きな人はいるのか?”と訊ねたそうです。」
「“好きな人”ねぇ。」
「その時に、“てっちゃん”という名前が初めて出たんです。」
哲司は、改めてこの話を聞いていて、やはり不自然だという気がしてならない。
「それが、今年の1月、奈菜ちゃんがあのコンビニのバイトを辞める直前の事なのですよね。」
「・・・・・確か、それぐらいの時期です。
それが、どうかしましたか?」
奈菜の父親は、哲司がその時期に拘ることが不思議であるようだ。
「う〜ん、・・・・とても信じられないんです。」
哲司は、その時点で奈菜が“てっちゃん”という言葉を口にしたことに、強い抵抗を覚える。
(つづく)