第3章 やって来たパパ(その18)
「義弟が言うのには、あの子がバイトを突然に辞めると言ったものだから、電話でそのことを問い質した。
どうしてなのか?と。」
「はい。」
「すると、何も言わないで、電話を切ったそうです。」
「それで?」
「納得が行かないから、義弟は私の家にやってきたんだそうです。
直接、あの子と話そうと思って。」
「なるほど。」
この辺りの話しは、店長から聞いたことと違いはない、と哲司は思う。
先を急ぐ。
「義弟は玄関から入らずに、いつもの通り勝手口から直接キッチンのところへ行ったところ、ダイニングテーブルの上にあの子の財布が置いてあったというんです。」
「はい。」
「その財布の中から、婦人科の診察券を見つけたのだ、と言うのです。」
「はい。」
「・・・・でも、その辺りが、よく分からんのです。」
「どういうことです?」
「あの子は、自分の持ち物は大切にしている子です。
ましてや、あの子の財布は、もう亡くなりましたがあの子の母親、つまり私の家内が誕生日かなんかにプレゼントしたものなんです。
その財布を、いくら自分の家の中だと言っても、そんな無造作に放り出しておくような子じゃないんです。」
「なるほど・・・・」
「それにですよ。婦人科の診察券って、あの子にとっては他人に見せたくは無いものでしょう?
少なくとも、その時点では、誰も知らなかった事なんですから。」
「そうでしょうねぇ。公言したいことなら話しは分りますけれど。」
「知られたくは無いと思っている診察券を、そうして放り出すでしょうか?」
「う〜ん、普通はしないでしょうね。僕でも隠しますから。」
「ねっ、そうでしょう。
それが当たり前なのに、義弟はごく簡単にその診察券を見つけたと言うのです。
彼の言葉を借りると、まさに放り出すようにしておいてあった、と言うんです。
それが、とても信じられんのです。」
「でも、義弟さんが、そのことで嘘をつく必要ってのもないですよね。」
哲司はそのように言いながら、あの喫茶店でこの辺りの事情を話してくれた店長の顔を思い浮かべている。
「診察券がそこにあったという事実には変わりは無かったんでしょう?」
「まあ、そのこと自体は、あの子も否定はしていませんし、その病院を紹介した私の妹にも確認を取りましたから、診察を受けたことは間違いがないです。
ですが、どうしても、その最初の経緯については、どこか違うんじゃないのかって思うんです。」
「奈菜ちゃんは、どのように?」
「それがねぇ・・・・・。まったくのノーコメントなんです。」
「・・・・・・・・?」
哲司も、奈菜がこのことについて触れないのには、多少疑問があった。
(つづく)